2024年4月21日(日)

Wedge REPORT

2021年8月2日

高齢者と学生が
〝ひとつ屋根の下〟に

「19歳で職を求めて上京してから60年、この東京という街で多くの人たちに支えられながら生きてきた。自分が受けたその恩を、同じ境遇にある若い世代に返していきたい」

 そう語るのは、東京都練馬区在住の飯野愛さん(79歳)。4年前に夫を亡くし、一軒家で一人暮らしとなった後、NPO法人「リブ&リブ」の紹介で、学生を低家賃で自宅に住まわせる活動に参加した。

 同法人が運営する「異世代ホームシェア」事業では、都内に住む一人暮らしの自立した高齢者と、地方から就学目的で上京する大学生とをマッチングする。学生は高齢者の自宅の一室に同居し、月の費用は光熱費・雑費として原則2万円のみ。都内の家賃相場と比べかなり安い。現在はコロナ禍の影響で一時的に新しいマッチングを控えているが、設立から9年で約20組の高齢者と学生のペアを成立させた。

 同法人の石橋鍈子(ふさこ)代表理事は、30年にわたり、在日米国大使館で国際交流に従事した経歴を持つ。異世代ホームシェア事業を日本で始めたきっかけについて、石橋代表は「定年を迎え、老後をどう過ごそうかと周りを見渡すと、日本には、高齢者の選択肢は少なく、周囲に遠慮しながら老人ホームで生活を送る方が多いと感じた」と語る。新たな選択肢を海外に求め、スペインのバルセロナで異世代ホームシェアに取り組む団体を訪問し、そこで5組のシニアと若者のペアがとても幸せそうに同居生活を語る様子を見て、その文化を日本に取り入れる決心をした。

 今年の3月まで、前出の飯野さんと生活を共にした新谷真理さん(仮名、20歳)は当時、看護学校に通う大学2年生だった。大学入学当初はアパートで一人暮らしを始めたが、4人兄弟の中で育ったそれまでの環境とのギャップに勉強の忙しさも重なり、体調を崩したという。休学も考えたさなか母親を通じてリブ&リブを知り、登録した。

 新谷さんは同居していた当時を振り返りながら「病院実習で大変なときに話を聞いてもらったり、料理を教えてもらったりしながら、誰かと一緒に暮らす安心感を取り戻していった」と語った。また、看護学校で学んだ技術を生かして、飯野さんの血圧を測定し、日々の体調の変化を気遣いながら、コミュニケーションを図ったという。

 地域福祉を専門とする法政大学現代福祉学部の宮城孝教授は「従来の社会福祉は、児童、高齢者、障害者など、住民の属性に応じて支援してきたが、単身世帯化や一人親世帯の増加により家族の扶養機能が低下したことで、助けを必要とする対象者の幅が広がっている。福祉の取りこぼしを防ぐためには、全ての住民に共通する生活基盤である住まいの安心と安全の確保から始めるべきだ」と指摘する。

 仕事、結婚、転居……。人生のどの選択肢を選んだとしても、そこに確かな住まいがあるからこそ、我々は日々、安心して眠りに就き、その先の未来を夢見ることができるのではないか。

Wedge8月号では、以下の特集を組んでいます。全国の書店や駅売店、アマゾンでお買い求めいただけます。
■あなたの知らない東京問題 膨張続ける都市の未来
Part 1         新型コロナでも止められぬ東京一極集中を生かす政策を
Part 2         人口高齢化と建物老朽化 二つの〝老い〟をどう乗り越えるか
COLUMN    〝住まい〟から始まる未来 一人でも安心して暮らせる街に 
Part 3         増加する高齢者と医療需要 地域一帯在宅ケアで解決を 
Part 4         量から質の時代へ 保育園整備に訪れた〝転換点〟 
CHRONICLE    ワンイシューや人気投票になりがちな東京都知事選挙  
Part 5         複雑極まる都区制度 権限の〝奪い合い〟の議論に終止符を 
Part 6         財源格差広がる23区 将来を見据えた分配機能を備えよ
Part 7         権限移譲の争いやめ 都区は未来に備えた体制整備を

  
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