2024年12月13日(金)

Wedge OPINION

2023年2月22日

 では、何かよい解決策はあるのか。残念だが「魔法の杖」は存在せず、解決策は一つしかない。それは、金利水準の決定を徐々に市場メカニズムに委ねていくことだ。基本的には誰が日銀総裁になっても、金融政策の転換は少しずつの軌道修正しかできない。これは、いわゆる「金利の正常化」を徐々に時間をかけて行うことを意味するが、日米間の金利差拡大で円安の圧力が止まらず、CPIがデフレ脱却の数値目標である2%を超えた今、金融緩和政策の転換が図られるのは自然な流れともいえる。

 一方で、政策転換による国民生活への影響について住宅ローン利上げなどの負の側面がメディアで度々報道されるが、そのベネフィットについてはあまり語られない。例えば、当然ながら、家計部門全体でみればローンなどの負債よりも現預金などの資産の方が圧倒的に多い。日銀の「資金循環統計」(22年12月19日公表)によると、22年9月末での家計部門のローンなどの負債総額は375兆円だが、現預金や保有株式などの資産総額は2005兆円もある。このうち、現預金の総額は1100兆円にのぼるため、マクロ的に見れば金利が上がれば家計の金利収入は増えることになる。ローンとの差額で評価しても、金利1%の上昇で預金の利息収入はネットで年間6兆円以上も増える計算になる。金利抑制の継続は、このような収入の放棄を意味する。

 反対に、国債発行に依存する日本財政にとって金利上昇は痛みを伴うが、長期的にみれば財政規律を高める動機付けにもなるだろう。さらに、景気動向に応じた金利の正常化は、適正な市場機能を取り戻し、企業の成長を促す効果も期待できる。低金利時代は一見すると企業に恩恵があるように思えるが、収益性の低い企業であっても経営が持続できることを意味する。

 そもそも企業も産業も成熟化に伴い、収益率は低下するのが一般的だ。収益率が低下して儲からなくなった企業は、市場メカニズムの下で自然に退出する。これは産業も同様で、この新陳代謝の機能によって、資本や労働といった経済的な資源がより収益率の高い新たな企業や産業に移動する。

 現在の日本が低成長に陥っているのは、この市場メカニズムが十分に機能していないからとしか思えない。では、市場メカニズムの根幹は何か。それは、市場がもたらす「規律」だろう。すなわち、より少ないコストで質が高い財・サービスを供給する企業を競争で選別する一方、非効率な経営を行う企業を淘汰する機能だ。このうち、最も強い規律を促すのは、株主や銀行などが資本の借り手である企業に要求する資本のリターンや金利である。

 一般的に「リスクと期待リターン」は比例関係にあるから、高いリターンが見込めるのはリスクが高いプロジェクト(①)であり、低いリターンしか見込めないのはリスクが低いプロジェクト(②)である。バブル崩壊前のように一定の金利が存在する状況では、②のプロジェクトを実施することは採算が合わず、①のプロジェクトを実行するしかない。

 一方、現在のようなゼロ金利の状況では、①よりも②のプロジェクトを実行する方が、経営者はリスクを取らず、より安全に収益を得ることができ、市場メカニズムで淘汰されるべき産業の新陳代謝も進まないことになる。今後の賃上げを後押しする日本企業の成長は、市場機能に応じた適正金利によるリスクと、それに見合うリターンがあってこそ得られる果実なのである。

変化を嫌えば機を逸する、日本経済に活力を取り戻せ

 市場機能を正常化させるためだとしても、長らく低金利時代が続いた日本にとって金利の底上げが全く痛みを伴わないわけではない。だが本来、金融政策とは経済動向の変化に応じて弾力性を持たせるべきものだ。

 痛みの象徴は財政になろうが、それを受け入れる覚悟も必要だ。巨額の政府債務が存在する中、政府が大規模な国債発行を行っても、現在のところ、国債金利は大幅に上昇せず、財政問題は顕在化していない。この理由は、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」により、日銀が長期金利を低位に誘導しているためだ。

 しかし、未来永劫、それができるとは限らない。政治は一時的に経済(市場メカニズム)を歪めることができるが、最後は経済(市場メカニズム)が政治を打ち負かす可能性が高い。だとするならば、改革を先送りして問題が一層深刻化する前に、財政・社会保障の改革を進める方がよい。

 また、日本経済の成長力を高めるには、産業の新陳代謝も取り戻す必要がある。その鍵を握るのが、金利などの市場メカニズムの正常化であり、大規模な金融政策や財政政策のみで日本経済の活力を取り戻すことは不可能であるという視点を忘れてはいけない。

 いずれにせよ、金利上昇のリスクにばかり目を向け、変化を嫌っていては機を逸する。金融政策の転換を今後の日本経済成長の糧とするためには、企業も生活者もそのリスクとベネフィットを冷静に見極め、変化に適応する意志を持つことが大切だ。

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