2022年12月9日(金)

Wedge SPECIAL REPORT

2022年11月17日

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渡辺 努 (わたなべ・つとむ)

東京大学大学院経済学研究科 教授

1982年東京大学経済学部卒業、日本銀行入行。92年米ハーバード大学経済学博士。2011年より現職。15年に経済統計をリアルタイムで提供するベンチャー企業「ナウキャスト」を設立。近著に『物価とは何か』『世界インフレの謎』(ともに講談社)。

 「Wedge」2022年11月号に掲載されている特集「価値を売る経営で安いニッポンから抜け出せ」記事の内容を一部、限定公開いたします。全文は、末尾のリンク先(Wedge Online Premium)にてご購入ください。
 

 物価とは蚊柱である──。

 「物価とは何か」ということを理解してもらうとき、私はこの比喩を用いて説明している。

 蚊柱とは、たくさんの蚊が集まり、柱のように見える群れのことである。世の中に何十万と存在する商品は一匹一匹の蚊に当たり、ミクロで見れば素早く移動する蚊(=価格変動が激しい商品)もいれば、緩やかに移動する蚊(=価格が安定している商品)もいる。距離をとってマクロで眺めると、群れ全体である蚊柱が見えてくる。これが物価である。蚊柱が上下左右に急速に動く状態がインフレやデフレであり、1カ所にとどまっている状態であれば物価は安定していると言える。

 蚊柱が動かない時、二つの可能性がある。

 一つは、蚊柱内で個々の蚊は激しく動き回っているものの、蚊柱自体はその場にとどまっている状態。すなわち、人気のある商品の価格は上がり、そうでない商品の価格は下がるなど、位置が激しく入れ替わるが、群れ全体の位置は変わらない状況だ。この場合、物価は安定している。

 もう一つは、個々の蚊に元気がなく、蚊柱自体が動かない状態。すなわち、個々の商品の価格は据え置かれており、人間に例えれば、病気で入院し、ベッドに寝たきりになっているような状況だ。これは、物価の安定を意味しない。売り手や買い手の事情で価格が上下するという経済の健全な動きが止まっているということだ。

 私は長年、日本の蚊柱は後者の状態にあると危惧してきた。1990年代のバブル崩壊以降、物価の低迷が続き、家計は〝守り〟の姿勢を崩していない。企業は値上げに不寛容な消費者の反発を恐れ、原材料コストが上昇しても価格に転嫁しないという「価格据え置き慣行」が定着した。これでは、物価も賃金も上がるはずがない。

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