以前、欧米で暮らしたことがあるが、数年間の滞在の間に年々物価が上がっていく様子が見てとれた。特に子供の私立学校の授業料の上昇などは顕著であった。毎年の学費納入の時期にはその理由も示され、「物価が●%上がっている現状を踏まえて」などと説明があった。
授業料に限らず他の物価の上昇についても、消費者はそれを当然のものとして受け入れていた印象がある。つまり経済が成長している以上、物価は上がっていくものだという共通認識が社会に浸透していた。
そのためには当然、賃金も上がらないといけない。他の主要国では賃金がコンスタントに上がっているにもかかわらず、30年にわたって賃金がめぼしく上がっていないのが日本である。
「しつこい」日本のデフレ
そうした中でウクライナ侵攻の問題、資源高、原材料高を受けて食料品を中心に日本の物価は上昇している。中でも食品の値上げは10月に集中し、信用調査会社帝国データバンク(TDB)の調査によると値上げは6500以上の品目に上ったという。
11月も牛乳や乳製品などが値上がりするという。食品値上げにより一世帯当たりの家計負担額は年間で7万円近くの増加になるとTDBは試算している。
日本でもかつて物価が上がる局面がなかった訳ではない。オイルショックの時、そしてバブル期に物価は上がった。ただ当時は賃金も上昇局面にあり、働く人もある種の高揚感があった中での物価高であった。しかし、バブル崩壊後は、賃金も物価もほとんど上がらず、逆に物価は下がる方向に進む「デフレ」の状態に陥った。
日本銀行の黒田東彦総裁は、2013年10月のニューヨークでの講演で、日本の「デフレ」の特徴について「緩やかだが、しつこい」と表現した。さらに物価については、日本の若者についても言及し、「生まれた時から、『物価は変わらないか、下がるもの』と思って生活してきた」と米国の聴衆に紹介した。その状態はその後も長く変わらなかった。
若者に限らず、バブル期以降に社会人になった現役世代の多くもそうした感覚にあるだろう。長らくデフレマインドに漬かっていた中で、今回のような値上げラッシュに多くの人々が当惑するのは当然であり、賃金が上がらない中での物価上昇は消費者への経済的・心理的な打撃が大きいのである。