2024年12月22日(日)

Wedge OPINION

2022年11月25日

gyro / iStock / Getty Images Plus

 つい3年ほど前まで、世界の先進国の多くが低成長・低インフレ・低金利という日本化(ジャパニフィケーション)の病に悩まされてきた。ところが、コロナ禍をきっかけに世界経済の景色は一変した。今では世界が直面する最大の経済問題はインフレの高進に変わっており、米国の連邦準備制度理事会(FRB)を先頭に各国中央銀行はインフレ抑制のための金融引き締めを急いでいる。日本でも消費者物価指数の前年比上昇率が約30年ぶりに3%台となり、急速な円安が進行する中で、家計の物価高への不満が高まってきた。日銀に利上げを求める声を聞くことも少なくない。

 だが、ここで注意すべきは、諸外国と日本では物価上昇率が大きく違うことだ。実際、欧米の多くの国の消費者物価上昇率は約40年ぶりとなる8~10%に達しているのに対し、日本の物価上昇率は3%程度である。ウクライナ危機に伴う資源高は内外共通であり、日本では円安も進行しているため、輸入インフレの要因は日本の方が大きくてもおかしくはない。にもかかわらず日本の物価上昇が小幅にとどまっているのは、例えば米国では労働需給の逼迫から賃金の上昇率が高まり、それがさらなる物価高を招くことが心配されている一方、日本では賃金がさっぱり上がっていないからである。

 日銀が8~9月に行った「生活意識に関するアンケート調査」の結果をみると、回答者の半数近くが現在の物価は1年前に比べ「かなり上がった」と答え、9割近くが物価上昇を「どちらかと言えば困ったことだ」とみていた。このようにわずか3%程度の物価高に対して消費者が生活苦を訴えるのは、賃金が上がっていないからだろう。厚生労働省の調査では、今年の春闘賃上げ率は2.2%、定期昇給部分を除くと0.5%程度だ。

 収益が改善しても企業が賃上げに踏み切らないのは、「学習された悲観主義」の結果だと筆者は解釈している。日本企業は約25年前の金融危機以来、リーマン・ショックなどをも通じて、いざという時に備えて内部留保をため込むのが企業存続の鍵だと学んできた。新型コロナウイルスの流行第1波で企業活動が停止していた間、内部留保で資金ショートを防げたことも、〝守り〟の経営の成功体験になってしまったのではないか。

 10年近く前に日銀が2%の物価目標を掲げて、量的・質的金融緩和(QQE)と呼ばれる大胆な金融緩和を開始したのも、こうした悲観主義を打破するためだった。賃金上昇が実現しない限り、資源価格の上昇が一服すればインフレ率は2%以下に下がっていくだろう。しかも、黒田東彦総裁就任前の2013年2月に、日銀は政府との共同声明で「2%の物価目標をできるだけ早期に達成する」と明確に約束している。こうした点を踏まえれば、日本がここで金融引き締めに転じるのは時期尚早だと思う。


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