「国民統制」挫折史の側面も
以上、本書は放歌高吟を軸とした大変わかりやすく、よく調べられた明治・大正歌唱大衆文化史である。最近のこの方面の著作の中でも出色の優れた成果といえよう。それを前提に今後の研究の発展のために疑問点を2点挙げておきたい。
唱歌・軍歌による「国民統制史」という印象を与えるサブタイトルはどうだろうか。これだと政府の狙い通り「唱歌・軍歌を歌う国民」が順調に育っていったような印象だが、既述のように、政府・権力の唱歌・軍歌による統制に反してエリートの高校生たちや大衆は放歌高吟したり路上を歌いながら「反政府的」行進をするようになったのだから、むしろ政府・権力による「国民統制挫折史」とでもいうべき内容のように思われるのである。
しかも、 最初の反権力路上行進歌『鉱毒悲歌』は軍歌調で歌われ、「富の鎖を解きすてて」で始まる日本最初の『社会主義の歌』は軍歌『日本海軍』の曲、普選行進で最初に歌われたのは「天は許さじ良民の自由をなみする虐政を」で始まる唱歌『ワシントン』(明治35年)、賀川豊彦作詞で広く歌われた『普選歌』の曲は軍歌『敵は幾万ありとても』、「聞け万国の労働者」で始まる著名な『メーデー歌』は軍歌『歩兵の本領(小楠公)』の曲とされるのだから、唱歌・軍歌は歌謡の面で反体制運動を活性化させたわけである。
次に、路上行進に関しては、日清戦争・日露戦争の際に、勝利に喜んだ大衆による祝捷会・行列がたびたび行われ(その際歌われた歌も検討するべきであろう)、それが日比谷焼打ち事件を生み、さらに大正期の普選行進につながったという流れがある(拙著『戦前日本のポピュリズム』<中公新書>参照)のに、このことに触れられていないのは残念であった。
上からの政府の政策通りにならず、むしろ大衆が突き進み始めた時代・大衆社会の時代という視点を取り入れてもらえば、さらによい著作を生み出せると思われる著者だけにこうした両義性の視点からのさらなる研究を期待したい。
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