2024年12月4日(水)

近現代史ブックレビュー

2023年2月17日

 近現代史への関心は高く書物も多いが、首を傾げるものも少なくない。相当ひどいものが横行していると言っても過言ではない有様である。この連載「近現代史ブックレビュー」はこうした状況を打破するために始められた、近現代史の正確な理解を目指す読者のためのコラムである。

 二・二六事件についての書物は多いが、事件に至る青年将校運動の最深部からの長期にわたる報告という点では本書に優るものはない。すなわち、本書の最大の意義は、事件を起こした青年将校運動の中心人物たちの人となりが当事者によって極めて冷静かつ克明に著されていることである。

私の昭和史 二・二六事件異聞
末松太平 中央公論新社 3960円(税込)

 大正の末に、青年将校運動の思想的リーダー北一輝のもとを西田税に誘われて訪ねたことに始まり、桜会によるクーデター「十月事件」に向けての中心人物であった橋本欣五郎らと北・西田系青年将校グループとの結合と分裂、また、運動の中核であった磯部浅一・村中孝次が軍を追われる「陸軍士官学校事件」における辻政信との邂逅と対決、運動の内部における西田派と大岸頼好派の対立と融和などの重要な諸局面において、絶えず渦中にあった著者の記録の価値は群を抜いて高いのである。

 実の父親が満州の前線にいる息子に、死後、国から下がる金欲しさに「必ず死んで帰れ」という手紙を送ってくるという現実、そして実際遺骨が帰ると遺族たちが金欲しさにそれを営門の前で奪い合うという現実。こうした情景を前にしては全国の連隊に次々に国家革新運動に入る青年将校が生じてきたのも当然であろうという感慨を引き起こさせる説得性を本書は持っている。

 それはさらに、「理窟の通る通らぬよりあの人のやったことなら間違いないといわれるようにならなければ嘘だ」「要は動機の純不純にあった」という彼らの信念と、「蹶起(けっき)部隊が妥協していたら二・二六事件も、ある程度の成功を見ていたかもしれない。しかしそれが果たして正しい意味の成功であり、国民にとって歓迎すべきものであったかどうかは別の問題である」という二・二六事件観につながる。彼らは「政治は結果がすべて」という世界とは違う世界に生きていた人々なのであり、これを「結果責任」のような政治観で考察してみても何も得られないのではないか、という感慨を起こさせるのである。


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