ブルキナファソ見聞録

2013年8月30日

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岡田綾 (おかだ・あや)

JICA職員

1982年兵庫県西宮市生まれ。小学校6年生のときに阪神・淡路大震災を経験。2005年京都大学文学部社会学科、2007年同大学大学院地球環境学舎環境マネジメント専攻修士課程修了。環境やコミュニティ防災について学ぶ。就職活動では、「その人自身のせいではないが、理不尽な境遇におかれてしまった人のために仕事をしたい」と考え、他の関心事項であった「途上国・国際協力」も満たす組織として、独立行政法人国際協力機構(JICA)を志望し、2007年入構。地球環境部、広報室などを経て、アフリカ勤務を希望し、2012年12月よりブルキナファソ事務所に赴任。

 両親が国際結婚の場合、子供は父親と同じ国籍となり、姓も父親姓を名乗るのがブルキナファソでは通常のようなので、今ここで私が出会う現地の人々は、公式記録としては、ブルキナファソ人として社会に属していることが多いのだが、個々人の思いとしては、かなり地域的な広がりを持った属性もしくは国の概念とは異なる属性を抱えているのではないかと思う。域内での出稼ぎのために周辺国との行き来も増え、どんどん人が混ざり合うことで、国という単位への固執が薄まっているのかもしれない。

多様な民族を抱える国ならではの平和の保ち方

 ブルキナファソの人と話していると、民族というカテゴリーを念頭において会話が行われることが頻繁にある。排他的ということではなく、どの民族のことも肯定的に捉えて互いに尊重するための区別として、モシ族はどうだ、プル族はどうだ、と話す。民族間の結婚が進んでいることもそうだが、区別としての民族はあっても垣根は低い印象を受ける。

 文化人類学の用語として知られる「冗談関係」は、ブルキナファソにも存在していて、日常的に「お前はプル族だから俺の奴隷だ」「いやいや、ボボ族のお前が奴隷だ」といった具合に日本人には少々刺激的なやり取りが交わされている。冗談を言い合うことで初対面でもすぐに馴染み、また民族間の対立を回避するという実益もあり、多数の民族が共存しているブルキナファソではとても有効なコミュニケーションとなっている。

 また、男女が出会った時には、「どこの民族か」と聞くのが最初の質問の定番らしい。他方で、互いの言語が理解できないケースもあるので、同じブルキナファソ国民と言えど意思疎通が図れない人々も多く存在する。

 民族に隔てられた言葉の壁がある一方で、民族間の壁を飛び越えるコミュニケーション術があり、かと言って民族のことを忘れて皆仲良くしようということではなく、民族を意識する場面が日常的に残されている、というバランスでブルキナファソは成り立っている。恐らく他の国でも同様の機能が働いているところはたくさんあるのだろうが、アフリカ歴の浅い私としては、このバランス感覚に初めて接したのがこの国なので、とても興味深い。

 これがどこまで一般化されるものか不明ながら、伝聞で知る他国の状況を思うと、よく言えば他者を尊重する、悪く言えば自己主張に乏しいこの国の性質は、多様な民族を抱える国ならではの平和の保ち方から来ているのだろうとも思い、このバランスはブルキナファソ特有の結果を生んでいる独特のものだと言える気がしてくる。

史実を受け継ぐセレモニー

 ワガドゥグにあるモシ族の王様の王宮の裏手には広場があって、毎週金曜日、あるセレモニーが行われている。

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