2024年5月20日(月)

未来を拓く貧困対策

2023年10月26日

児童相談所はネグレクトをどう見つけるか?

 「改正案は、『ほとんどの保護者が条例違反になる』『地域社会の分断を促す』内容で、保護者は監視される不安におびえ、安心して子育てができなくなる」、改正案に反対する署名活動では、多くの保護者から声が寄せられた。

 その声の多くは、「たしかに」とうなずけるものである。

 一方で、筆者が児童相談所に勤務して虐待対応に当たっていた際にも、繰り返し聞かれた言葉でもある。

 地元住民から「子どもが1人でいる」との連絡を受けて自宅を訪問すると、保護者が「今日はたまたま短時間外出しただけ」「目を離したすきに、子どもが勝手に外に出た」という言い訳をするケースは珍しくない。

 時には、「他の親だってやっている」「監視されているようで気分が悪い」「一体だれがこんな嫌がらせをしているのか」と食ってかかる保護者もいる。ショックを受けて泣き出す者もいる。

 児童相談所や市町村の担当職員は、こうした保護者の怒りや悲しみを受け止めながら、しかし、子どもたちだけの留守番や外出は危険が伴うことを説明する。そして、1回ではなく、さまざまな経路を通じて何度も情報が寄せられれば、そのたびに家庭訪問して保護者に会い、同時にハイリスクケースとして関係機関の見守り体制を整えている。

 今回の条例制定のきっかけの1つに、2016年1月に埼玉県狭山市で起きた3歳の女児の虐待死事件がある。このケースでは、近隣住民から警察に対して、「子どもが外に出ている」「子どもが泣いている」と複数の通報があった。警察は保護者への事情聴取や児童の安全確認を行ったものの、警察は児童相談所に連絡をしていなかった(狭山市要保護児童対策地域協議会「児童虐待死亡事例検証報告書」)。

 当時、警察や児童相談所には「なぜ、虐待死を防げなかったのか」と批判が殺到した。世論は、保護者の都合を優先し、子どもの権利を守ろうとしない公的機関を許さなかった。その批判に応える形で、子どもたちを守るための体制を整えてきたのである。

「留守番は虐待ではない」という誤ったメッセージ

 今回の改正案をめぐる報道で懸念されるのは、「留守番は虐待ではない」という誤ったメッセージが社会に受け止められることである。

 ネグレクトの発見には、地域住民の方々からの通報がきっかけになることが少なくない。「他の子どもが帰っても、いつまでも公園でひとり遊んでいる」「コンビニに小学校低学年の子どもだけでお弁当を買いにくる」「母親は夜の仕事をしていて、子どもたちだけで過ごしている」。こうした心配の声が児童相談所に寄せられる。

 「シングルマザーだから、ワンオペ育児だから、小学生の子どもだけで留守番させるのは仕方がない」、こう思う人が増えることで、児童相談所への通告をためらう人が増えるかもしれない。

 これは、報道を担うメディアの責任も大きい。

 筆者が確認したかぎり、「国のガイドラインでは、小学生の夜間の留守番は虐待(ネグレクト)とされている」と説明する報道は見当たらなかった。

 児童虐待に関する著名な研究者のロング・インタビューを組んだ大手新聞社の記事でも、今回の報道をきっかけに〝虐待が見えなくなるリスク〟は言及されなかった。

 身体的虐待や性的虐待など、誰でも理解しやすい虐待に比べると、「児童の放置」というネグレクトは、線引きがあいまいで時代的・社会的な影響を強く受ける傾向がある。子どもたちの命を守るために、報道に当たっても特段の配慮をすべきである。


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