この問題の解決策は国際的な医薬品試験基準に盛り込まれ、これに基づいて厚生労働省は『「臨床試験における対照群の選択とそれに関連する諸問題」について』と題する課長通知を発出し、概略次のように述べている 。
「薬剤の効果があるか否かは、ある程度まで判断の問題である。薬剤の効果はプラセボ対照試験から明らかであることもあれば、疾病を治療した場合と治療しなかった場合の比較から明らかなこともある。しかし有効と考えられている薬剤がプラセボ対照に優ることを示すことができないような疾患は数多く存在する。そのような例としては、うつ病、不安神経症、痴呆、狭心症、症候性うっ血性心不全、季節性アレルギー、症候性逆流性食道疾患のように、プラセボ群で大きな改善や変動が認められたり、治療効果が小さかったり大きくばらつくようなものが挙げられる。これら全てにおいて、標準治療が有効であることは疑いない。なぜならその効果を支持する数多くの対照試験があるからである。しかし、これまでの経験から、その薬剤の効果を決定する試験条件を記述することは困難であろう」
要するにプラセボ対照試験が使えない症状があること、そのような場合には別の方法を使って判断すべきという常識的な対策を述べたものであり、プラセボ対照試験の義務化を求めてはいない。実は機能性表示食品ガイドラインでもプラセボ対照試験以外の試験法を許容しているのだが、なぜか質疑応答集の問45でプラセボ対照試験を義務化し 、このことが極めて大きな混乱を引き起こしている。
機能性表示食品の特殊性
機能性表示食品において、プラセボ対照試験を使って薬理作用だけを検出することはできない場合には次のような2段階試験が考えられる。
第1段は前臨床試験において薬理作用の存在を確認する。そのうえで臨床試験を実施するのだが、それは「無処置対照」、すなわち治療した場合と治療しなかった場合の比較である(「機能性表示食品のプラセボ対照試験の問題点」)。
この試験法に対して、薬理作用と心因作用の区別ができないという批判があるが、区別が必要だろうか。医薬品は健康保険の薬価という問題があるので両者を区別している。他方、機能性表示食品は消費者が自己判断で選択し、自費で購入するものであり、有効性の自覚がなければ購入は止めるだろう。
有効性とは薬理作用と心因作用の総合であり、医薬品のように両者の区別は利用者にとって必要でもなければ望んでもいない。「心因作用は気のせいであり、治療効果はない」という半世紀前の思い込みは崩れて、臨床分野で有効に活用されていることも想起すべきである 。
残された問題は、医療関係者だけでなく社会に広がったプラセボ対照試験を金科玉条とする強固な先入観をどのように払拭するのかである。この先入観を作り出したのは筆者もその一人である薬理学者であり、筆者自身ほんの数年前までそのような先入観を持っていた。
例えば2018年の論説で「グルコサミンの効果はプラセボと変わらず、グルコサミンは効かないことが再び証明された」と書いたが、これは適切ではなかった。この先入観を取り除かない限り、今後も問題がある論文の出版が続くことは間違いないだろう。
「神話」の解消を
機能性表示食品の世界には科学倫理に反する不適切な臨床試験論文の山が築かれ、科学界からも社会からも厳しい批判がある。その原因はなんとしても有意差を出そうとする企業の利益相反だが、このような科学倫理違反の裏には深刻な理由がある。
試験法として使われるプラセボ対照試験では理論的にも実際上も食品機能を測定することが困難なのだ。ところが消費者庁は「薬理作用と心因作用を区別すべき」という過去の認識を踏襲してこの試験法を実質的に義務化し、企業はこれに従うのが当然と考える神話が存在する。不適切な論文問題の解決は神話の解消にかかっている。