2024年12月14日(土)

Wedge REPORT

2024年3月29日

 近年、世界中で「キャンセル・カルチャー(コールアウト・カルチャー)」が盛んになっている。先進国を中心にポリティカル・コレクトネスが声高に叫ばれて久しい中、それに反する言動は、社会から強く非難されるようになった。政治的に「誤った」人物や企業、作品といった対象は、SNSなどを中心にたびたび炎上し、ボイコットや不買運動によって謝罪や撤去に追い込まれたり、社会的な地位や仕事を失うなど次々と「キャンセル」された。

 こうした「キャンセル」の動きは、すでに日本でも珍しくない。たとえば昨年も、KADOKAWAから出版予定であった本『あの子もトランスジェンダーになった SNSで伝染する性転換ブームの悲劇』が出版中止に追い込まれる事件もあった。

 無論、差別などの不当な扱いは社会から強く否定されるべきものだ。それを訴える手段の一つとして、「キャンセル・カルチャー(コールアウト・カルチャー)」には一定の合理性も正当性もある。特に、長年にわたり強大な権力や影響力を持った存在から問題の存在と尊厳を徹底的に無視され、不条理を一方的に耐えることを余儀なくされ続けてきた弱者にとっては、問題や自分たちの存在を社会に知らしめ、対話や交渉の機会を得ることに繋がった一面は、恐らくあるだろう。

 一方で、こうした「キャンセル」「コールアウト」には、現代社会の秩序の根幹とも言える法治や民主主義を揺るがすとの懸念も寄せられている。各人の主観を基に行われる抗議が野放図に繰り返されれば、中には誤解や事実誤認を基にした、独善的な暴力と私刑までもが正当化されるリスクもあるからだ。

トランスジェンダーになりたい少女たち SNS・学校・医療が煽る流行の悲劇
アビゲイル・シュライアー (著), 岩波明 (監修), 村山美雪 (翻訳), 高橋知子 (翻訳), 寺尾まち子 (翻訳)
産経新聞出版  ¥2,530

 たとえば前掲した本は2020年に米国で出版されて大きな反響を呼んだ「Irreversible Damage: The Transgender Craze Seducing Our Daughters」の翻訳であり、既にフランス語、ドイツ語、スペイン語など9つの言語に翻訳出版されている実績もあった。ところが、日本語版には出版前から「差別煽動的である」などの批判が殺到して「キャンセル」された。日本語版がまだ無い以上、当然ながら、批判者のほとんどは内容を読んでさえいないにもかかわらずだ。

 同著はその後、批判の論拠の一つとされた邦題を変えて産経新聞出版社から出版されることになったが、同社には邦題決定前から抗議文や脅迫めいた書き込みが相次いでいるという。その後、本書の邦題は『トランスジェンダーになりたい少女たち SNS・学校・医療が煽る流行の悲劇』のタイトルに決まり、4月3日に出版が予定されている。

 ほとんどの人が「自分で中身さえ読んでさえいない」本を焚書しようと迫る「正しさ」、その客観性や妥当性は何によって担保されているのか。


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