ここに興味深い統計がある。日本の個人ブログ『データをいろいろ見てみる』は、米国主要メディア10社がツイッター(現・X)上でどのようなマイノリティグループの苦境に言及したかを調査した。
その結果、2010~15年にかけての5年間で「労働者階級・ブルーカラー・ラストベルト」への言及ツイート(ポスト)数が合計60件であるのに対し、「白人」は77件(1.28倍)、「同性愛・LGBT(性的少数者)」が9664件(161倍)、「黒人」3436件(57倍)、「移民」1792件(29倍)と、極端に大きな差があることが明らかになった。一方で、「苦境」についての言及は77 件しかなかった「白人」も、「白人特権について」は1124件と大きく言及された。
これだけ極端な差が出た理由を、「メディアから言及されたマイノリティほど、より深刻な苦境にある」と見做すべきだろうか。「労働者階級・ブルーカラー・ラストベルト」は、苦境を言及するに値しない「強者」なのだろうか。その答えは、同ブログでも触れられている書籍『絶望死のアメリカ 資本主義がめざすべきもの』(アン・ケース、アンガス・ディートン・著 松本裕・訳 みすず書房・2021年)の記述が参考になる。
《調査の過程で、中年の白人アメリカ人の自殺率が急速に増えていることがわかった。…驚いたことに、中年の白人の間で増えていたのは自殺率だけではなかった。すべての死因による死亡率が増えていたのだ。…もっとも増加率の高い死因は三つに絞られた。自殺、薬物の過剰摂取、そしてアルコール性肝疾患だ。(中略)絶望死が増えているのは、ほとんどが大学の学位を持たない人々の間でだった》
このような状況が起こっているにもかかわらず、白人労働者階級の苦境は、米国主要メディア10社を合計しても5年間で60件、「同性愛・LGBT」の161分の1しか言及されなかったのが現実だ。同ブログでは、こうした現象を「共感格差」と呼んだ。
「正しさ」を拠り所にする現代社会
ここまで極端な「共感格差」が生じる理由は何か。それは、4月1日に筆者が上梓する『「やさしさ」の免罪符 暴走する被害者意識と「社会正義」』(徳間書店)でも指摘した現代社会が多くの人が言う「正しさ」に向かっていってしまうことにあるだろう。
現代社会は、伝統宗教の影響力が相対的に低下した。結果、少なくない人々が道徳や価値観、生き方の拠り所、すなわち「安心」の根源を見失ってしまった。
そのような状況で、「社会正義」は、既存の宗教に代わる新たな「救い」としての役割を担いつつある。それはつまり、「社会正義」そのものが教義と化し、「正しい」と示したものが多くの人から「正しい」とされ、「間違い」と見做されたものは断罪されることにも繋がる。
そして「対象外」とされた存在には、ほとんどの人が見向きもしなくなる。社会正義の多くが本来的に掲げてきた「自由と平等、多様性」とは真逆に向かっているとさえ言えよう。
世界中で「キャンセル・カルチャー」が益々エスカレートする中、もはや多くの人は自らが「間違い」「異端」の立場になることには耐えられない。同様に、他者の「間違い」を庇ったり赦すことも出来なくなった。
そのため、「正しさ」とされる行為や価値観に従い、自分は「正しい」側にいるとの承認とお墨付きを求める。そして人々が「正しさ」を競い合う中、「共感格差」から外れた社会問題と当事者は顧みられず、「なかったこと」のように忘れ去られていく。
こうした構図を理解することは、出版中止騒動も含め、近年世界中で多発する「キャンセル」の背景を考え議論する上で不可欠と言えるのではないか。