議論を呼んだ出版と出版中止騒動
本書の出版中止を巡り、数多くの議論が起こった。たとえばハフポスト日本からは『KADOKAWA出版予定だった本の6つの問題。専門家は『あの子もトランスジェンダーになった』は誤情報に溢れていると指摘 古い診断法の引用、科学文献の読み間違え…。本書の問題をアメリカの医学博士が指摘する』との記事が出された。
この記事を書いたジャック・ターバン氏は、「一般的に、トランスジェンダーの若者は嫌がらせを受け、地域社会でスティグマを経験している。そのことは自殺率の高さを含めた(シスジェンダーと比較しての)メンタルヘルスの大きな格差をもたらしている。
しかし近年、過激な社会的保守派は、思春期のトランスジェンダーの若者を支援するための標準的な治療を実践する親や医師を刑務所に入れると脅し、医療を取り上げようとしている。
本書はその火に油を注ぐものだ。
だがそれよりなお恐ろしいのは、子どもの性自認を拒絶せよと親たちに説いていること。それこそがまさに、トランスジェンダーの子どもたちの自殺未遂の最大の予測因子の一つであるにもかかわらず。
自分に関係するデマが世間に溢れかえる――トランスジェンダーの若者たちがそんな目に遭っていいはずがない」として、本書を強く批判する。
国内からも、本書の懐古主義・保守的な主観価値観やエビデンスの不足を指摘した上で、「未成年のトランスジェンダー診断について、様々な問題があるだろうし、ネットの間違った情報の氾濫についても考えることはある。一方で、あらゆるトランスは、ネットの情報とリベラル教育に洗脳された結果だとし、恐怖を煽るような本書の内容は明らかに問題があるだろう」などの批判も見られた。
「表現の自由、知る権利の観点からも、フェミニズムの観点からも、刊行中止には反対です」
など、まさに賛否両論が確認できる。
なぜ、他の社会問題では同様の議論が起こらなかったのか?
ただし、筆者にとってはこの本については賛否以上に強く気になる論点がある。「なぜ、LGBT以外の社会問題では同様の議論が起こらなかったのか?」ということだ。
仮に「本の内容に間違いがある」「偏見に繋がる」ことが事実だったとしてもだ。たとえば新聞の広告欄を見れば、ときにエビデンスが本当に担保されているのか疑わしい健康法や代替医療を薦める本の紹介など日常にありふれている。さらに言えば、筆者がこれまで13年以上追い続けてきた「東京電力福島第一原子力発電所事故」に関する書籍を見れば、福島への偏見差別を煽る、デマとさえ言える内容の本が書店にも図書館にも大量に並んでいる。
これらの本と違い、なぜ本書は出版前からここまでのハレーションを起こしたのか。「キャンセル」「対象外」の基準は何か。