2024年11月22日(金)

新幹線を支える匠たち

2024年7月28日

与えられた時間は40分
〝ドレスアップ〟はこう行う

 大井車両基地を訪れ、新幹線車内の〝ドレスアップ〟の様子を取材した。

 カーブした天井と荷物棚を同時に拭くために曲がったモップ、濡れている場所を検知できるセンサー付きほうきなど、スタッフの声をもとにつくられたアイデアグッズを手に、スタッフたちがきびきびと整備している。それ以外にも車内ゴミの回収、床面拭き、窓ガラス拭き、テーブル拭き、背もたれカバーの交換など、業務は多岐にわたる。一連の業務が終わった後は、やり残したことがないかを「後点検」し、さらにチーフとともに再度点検する。与えられた時間はおよそ40分。終了時刻は決まっているため、スピード感が問われる仕事である。

 チーフの佐久間紀子さん(51歳)は勤務歴15年のうち10年間、車内整備を担当してきたベテランだ。その佐久間さんにも新人の頃、「すごいな」と感じた先輩がいた。自分の業務が終わり、後点検をしているとき、ふと振り向くと、先輩が車両の後方に立っていた。

 「ちょっと来て。これ見て」

 佐久間さんが先輩の立つ場所に行き、よく見ると、座席の肘掛けの隙間に菓子パンと思われるビニール袋が隠れていた。

 「こういうところもしっかり見ないとダメよ」

 自分が座った座席が汚れていたら、旅の高揚感は吹き飛ぶ。「抜かりはないか、常に気を引き締めています」と佐久間さんは話す。

佐久間紀子さん。分刻みの仕事の合間を縫い、インタビューに応じてくれた

 そうは言っても、40分という限られた時間内に完璧に整備することは可能なのか。

 佐久間さんにはこんな経験がある。グリーン車の整備中、座席からかすかにコーヒーの匂いがした。座面にこぼれたのかと思いセンサーを当ててみたが反応しない。おかしいと思い、よく点検したら膝裏の面にコーヒーの筋が1本。座席が乾いていたのでセンサーが反応しなかったのだ。すぐに座席を交換したため大事には至らなかった。

 「コーヒー、ジュース、醤油。匂いには必ず原因があるのです」

 センサー頼みではなく、人間の五感で異変の有無を検知するのが匠の技である。

 お盆や年末年始など、大型連休の最終日は小さな子供がいる家族連れが多くなり、床にはお菓子のかけらがこぼれていて、窓には子供たちの手で触った跡がたくさんついている。そんな車両の整備はいつも以上に力が入る。

 「それから修学旅行列車ね」

 背もたれは乱れ、ゴミの量も多くなり、荷物棚にペットボトルが落ちていることもある。化粧品のラメも難敵で、これがこぼれると取り除くのにひと苦労。

 「取っても取ってもまた出てくるので、シート交換しかない。ラメは強敵です」

 ただ、そう話す佐久間さんの顔には笑みが浮かんでいる。「たくさん汚れているのは、お客さまが新幹線の移動を楽しんでくれた証しだから」。

 佐久間さんが1日の仕事を終えて帰路につく途中、通勤用のバスの中からふと外を見ると、車両基地を出発して東京駅に向かう新幹線が見える。自分が整備した列車がお客さまを乗せる。

 「新幹線での移動を存分に楽しんでください。私たちがきれいにしますので」


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