2024年11月22日(金)

新幹線を支える匠たち

2024年7月28日

ホーム上で写真撮影する家族
その姿を見て思うこと

 車内の整備業務を見学した後、車両の先頭部分に向かった。先頭部分はところどころ茶色く汚れていた。高速走行中、虫や鳥がぶつかることがあるからだ。車両基地には大型の機械式洗浄機もあるが、新幹線の複雑な先頭形状はそれでは対応しきれず、最後は人手に頼らざるを得ないのだ。

走行中に新幹線が「顔」につけてきた汚れを〝ひげ〟と呼ぶこともあるそうだ

 2人1組のスタッフが先頭部分に水をかけて汚れを軽く流したあと、洗剤をかけた。この洗剤は動物性たんぱく質由来の汚れを落とすために開発され、機械式洗浄機で使われる洗剤とは成分が異なる。人間の背丈よりも長いブラシを器用に扱い、ごしごしと汚れを拭き取る。整備時間は10〜15分。最後にもう一度水洗いすると先頭車両は新車のように輝いていた。

 チーフの青木優駿さん(28歳)に話を聞いた。入社6年目。父親が鉄道会社の駅員で自分も鉄道にかかわる仕事をしたいと考えたのが、入社のきっかけだ。だが、最初は苦労の連続。

今年度から「チーフ」に昇格し活躍している、青木優駿さん

 「長いブラシを思うように動かすことができませんでした」

 先輩から何度も指導され、慣れない仕事で手にまめができることもしばしば。ペアを組む先輩の様子を毎日繰り返し見て研究した。

 「体の重心をこう移せば、ブラシはこう動くんだと、徐々にこつがわかってきました。2〜3カ月たって初めてほめられたときは、本当にうれしかったですね」

 ブラシで取れない汚れはどうするのか。

 「こすってだめならブラシで叩いて汚れを落とすこともあります。この仕事は〝きれいになりませんでした〟は許されないのです」

上部だけでなく下部からも、あらゆる角度で車両と対峙する

 最も大変だった洗浄は何かと聞くと、「ドクターイエローです」と青木さんは即答した。

 ドクターイエローは走行しながら線路や架線の状態を検査する〝新幹線のお医者さん〟。青木さんは半年に1回程度、洗浄を担当する。

 「世間では〝見ると幸せになる〟と言われる車両ですが、汚れが落ちにくく磨くのが大変です」

 筆者は後日、東京駅で偶然ドクターイエローに遭遇する機会があり、先頭部分をまじまじと観察したが、汚れは全くなく、ぴかぴかに輝いていた。「きれいになりませんでしたでは許されない」という青木さんの言葉を思い出した。

 駅のホームで出発を待つ新幹線の前では、多くの家族連れがうれしそうに写真を撮る。青木さんは、そんな姿を見て、「新幹線をきれいにしているのは私たちだよ」と心の中でつぶやく。それがやりがいを感じる瞬間である。

次のドレスアップへ向かう匠の背中越しに、社会の「日常」が見えた
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Wedge 2024年8月号より
JAPANESE, BE AMBITIOUS! 米国から親愛なる日本へ
JAPANESE, BE AMBITIOUS! 米国から親愛なる日本へ

コロナ禍が明けて以降、米国社会で活躍し、一時帰国した日本人にお会いする機会が増える中、決まって言われることがあった。 それは「アメリカのことは日本の報道だけでは分かりません」、「アメリカで起こっていることを皆さんの目で直接見てください」ということだ。 小誌取材班は今回、5年ぶりに米国横断取材を行い、20人以上の日本人、米国の大学で教鞭を執る研究者らに取材する機会を得た。 大学の研究者の見解に共通していたのは「日本社会、企業、日本人にはそれぞれ強みがあり、それを簡単に捨て去るべきではない」、「米国流がすべてではない」ということであった。 確かに、米国は魅力的な国であり、世界の人々を引き付ける力がある。かつて司馬遼太郎は『アメリカ素描』(新潮文庫)の中で、「諸民族の多様な感覚群がアメリカ国内において幾層もの濾過装置を経て(中略)そこで認められた価値が、そのまま多民族の地球上に普及する」と述べた。多民族国家の中で磨かれたものは、多くの市民権を得て、世界中に広まるということだ――


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