――化学以外の本との関わりについても、お話を聞かせていただけますか。
大島氏:高校生になってからは、いろいろな本を読むようになりました。ガモフの『不思議の国のトムキンス』(一連のトムキンスものはどれも読んでいます)。少し変わったところでは、「化学の領域」(南江堂)という月刊誌を、背伸びして高校生のときから読み続けていました。「本」とは違って「研究」の現場の空気が感じられるところが気に入っていたのだと思います。この雑誌からATP (Adenosine Triphosphate、アデノシン三リン酸)を知ったとき、”走ったり飛んだりという生物の運動の仕組みが、化学の式と化学の言葉で説明できる”ということに陶酔していました。トムキンスは相対性原理を説明する場面、「老婦人が壮年の男性に”お父さん(職業が列車の運転手なので時間がゆっくり進む)”と呼びかける。」を今でもよく思い出し、その瞬間やはり陶酔してしまいます。
推理小説やSFも好きでしたね。例えば『そして誰もいなくなった』(アガサ・クリスティー著)、『Yの悲劇』(エラリー・クイーン著)、『時の娘』(ジョセフィン・テイ著)など。
そもそも研究というもの自体、推理するということと共通性がありますよね。また、推理小説は二つのタイプの探偵がいると思うのです。一つは虫眼鏡片手に動き回るシャーロックホームズ型、もう一つは今挙げた『時の娘』のように、探偵があまり動かないタイプ。
研究者も似たようなところがあって、まずはどんどん実験してから考えるスタイルの人と、あまり動かずにじっと熟考しているタイプに分かれるような気がします。
大学時代には、ヘルマン・ヘッセやロマン・ロランをよく読んでいました。ヘッセは『車輪の下』、ロランは『ベートーベンの生涯』などが、すぐに思い浮かびます。当時の学生は戦争を実体験しているので、これらの反戦思想・平和主義に共鳴するところが多かったのだと思います。
外国小説で思い出すのは、高校の英語の教材に、サマセット・モームの作品を使っていたこと。東大の入試にモームの作品が出題されたからということにはなっていましたが、実は高校の英語の先生が、後に作家になった小島信夫氏で、先生ご自身が読みたかったからだと思います。小島先生からは英語そのものを教わったというよりも、原書に抵抗感なく親しむことを習いました。その代わり後に留学や国際会議などで英会話には苦労したのですが、お蔭で人生が豊かになったと思います。良い先生でしたね。
研究者生活に入ってからは、なかなか時間が取れませんでしたが、読書はしています。読み返すところまではいかないのですが、昔読んで印象に残っていた『寺田寅彦随筆集』とか、『物理学はいかに創られたか』(アインシュタイン、インフェルト著)などは、絶版になるかもしれないと思って、買い直したりもしました。