ちなみに、靖国神社参拝の正当性を主張する際に、米国バージニア州のアーリントン国立墓地を引き合いに出し、「アーリントン国立墓地だって南北戦争時の南軍の兵士が埋葬されていても大統領が献花したりするのだから、靖国神社に総理が参拝して何が問題なのだ」という論調を日本で目にすることがあるが、これはアメリカ人には全く受け入れられないたとえである。
彼らに言わせると、アーリントン国立墓地は、確かに南軍の兵士も埋葬されているが、宗教色のない墓地であり、敷地内に奴隷制や朝鮮戦争、ベトナム戦争の正当性を主張するような資料館もない。さらに「米軍で戦闘地域に派遣される時に『アーリントンで会おう』と言って出発する兵士なんかいないよ」というあるアメリカ人の研究者の言葉が端的に示すように、国立墓地の存在が米軍人の精神的支柱になってはいないという意味で、靖国神社とアーリントン国立墓地は「似て非なるもの」なのだ。
米国の不信感と当事者意識
要は、米国では、靖国神社とは、A級戦犯の合祀や、敷地内の資料館「遊就館」の展示を含め、戦前の日本の行為を正当化する象徴的存在なのである。つまり、そこに日本の総理が参拝することは、事後にどのような説明があったとしても「第二次世界大戦前の日本の行為を正当化する歴史観の肯定」であり、サンフランシスコ講和条約以降の国際秩序(当然、日米安全保障体制もその一部に含まれる)の否定につながる。これは中国や韓国の反応を抜きにして、米国として許容できないものなのである。
さらに日本の総理が靖国神社に参拝することで、中国や韓国に「日本の軍国主義化」について大騒ぎをする絶好の口実を与えることになり、日本にはこれからアジア太平洋地域で安定した安全保障環境を作り出すために一層、安全保障分野での役割を拡大してもらいたいと考える米国にとっては非常に具合が悪い。つまり、日米同盟をこれから深化させていきたいという米国の意図が本物であればなおさら、日本の総理大臣による靖国神社参拝は敵に塩を送るに等しく、「百害あって一利なし」の行為なのだ。
このような背景をもとに、安倍政権発足後、米国は水面下であらゆる機会をとらえて「靖国参拝だけはしないでもらいたい」と安倍総理本人やその周辺などに水面下で伝えてきた。政府関係者だけではなく、自民党に知己の多い民間の研究者からも、一貫して同じメッセージが出ていた。昨年10月に日米安全保障協議会(2プラス2)会合のために来日したヘーゲル国防長官とケリー国務長官が揃って千鳥ヶ淵に献花に赴いたのも、「戦争の犠牲者に追悼の意をささげるのであれば、こちらの施設があるではないか」という明確なメッセージだった。