この要因について、国際エネルギー機関(IEA)地熱部門の議長で、エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)の安川香澄特命参与は「日本の政策支援は諸外国と比べ、決して低いというわけではありません。しかし、森林法や自然公園法、土地所有法など、数多くの法律が地熱開発を妨げています。そのため、たとえ地熱開発を促進する新法を制定しても既存のしがらみを取り払うことは難しそうです。例えば、山地の道路や橋梁などの強度が資機材の重量に耐えられず、分解して運搬するためにコストがかさむなど、新法の制定や規制緩和だけでは解決できない日本固有の課題も乗り越えていく必要があります」と指摘する。
また、地熱発電に詳しい九州大学工学研究院の藤光康宏教授は「地熱資源の約8割がある国立・国定公園の地下の掘削に関する規制緩和はされたものの、事業者側が地表への影響を懸念し、強引な開発を避けていることも一因と考えます」と話す。
さらに、掘削技術者の養成機関として22年4月に開校したジオパワー学園掘削技術専門学校(北海道白糠町)の島田邦明理事は「地熱に特化した掘削技術者は日本国内に250~300人しかいません。30年目標の達成を難しくしている背景には、技術者不足の影響もあるでしょう。中長期的に地熱産業を発展させるためには、地熱に精通した掘削技術者の養成が不可欠です」と話す。
一方、ロシア・ウクライナ戦争後のエネルギー情勢の混乱の中、各国はしたたかに資源の獲得にまい進している。火山帯がなく地熱資源が限られる英国では、約40年にわたる調査研究が実り、南西部のコーンウォールで出力3000kWの地熱発電所が今年中に稼働する予定だ。前出の安川氏は「日本と同じ島国である英国は、地下5キロメートルを超す井戸を掘り地熱発電所を建設するほど、エネルギーの確保に必死です。日本は英国が羨むほどの地熱資源を有しており、そのポテンシャルをもっと生かせるはずです」と話す。
米国が本気で取り組む
次世代地熱のポテンシャル
在来型の地熱発電の普及には乗り越えるべき課題が数多くある。しかし、元経済産業審議官の片瀬裕文氏は「地熱発電は技術のイノベーションにより、飛躍的に成長する時期に差し掛かっている」と話す。
実際、米国は地熱発電を大幅に拡大させようとしている。米国エネルギー省(DOE)は今年3月、「Pathways to Commercial Liftoff:Next-Generation Geothermal Power(次世代地熱発電:商業化への道)」というレポートを発表した。これは、現在世界各地で実証実験が行われている地熱増産システム(EGS)やクローズドループという次世代地熱発電の方式(下記図)が30年頃に商用化できることを示しており、30年には全米で10~15ギガワット(GW)、50年までに90~300GW(原発90~300基分)の発電所が建設される見通しであるとしている。現在の米国の地熱発電量が3.4GWであることを踏まえると、革新的な内容といえる。
このレポートには二つのポイントがある。一つは、地熱の資源量が圧倒的に拡大するということだ。在来型の地熱発電は、地下に「熱」「透水性(水)」「地熱貯留層(器)」という3つの条件が揃わなければ開発は困難だ。しかし、次世代地熱発電は、人工的に器を作り出し、地上から水を注入するため、原理的には熱源さえあればどこでも発電が可能になる。DOEは米国の地熱資源量は、在来型の地熱発電を前提とした場合の40GWから、次世代地熱により5500GWに拡大するとしている。