2024年8月23日(金)

BBC News

2024年8月23日

ソフィア・ベティザ(ジェンダー・アイデンティティー担当記者、BBCワールドサービス

オーストラリア連邦裁判所は23日、トランスジェンダー(出生時の身体的性別と性自認が異なる人)の女性が、出生時の身体的性別が男性であることを理由に、女性専用のソーシャルメディア・アプリへのアクセスを拒否されたのは「間接的差別」にあたるとして、アプリ運営会社に賠償金1万豪ドル(約98万円)と裁判費用の支払いを命じた。

訴えを起こしたのは、トランスジェンダー女性のロクサーヌ・ティックル氏。連邦裁判所は、ティックル氏は直接的な差別を受けたわけではないが、間接的差別(特定の属性を持つ人が不利になる決定を下すことを指す)の被害者だと認める判断を示した。

今回の判決は、ジェンダー・アイデンティティー(性自認)という点において画期的なものとなった。「女性とは何か」をめぐり、かつてないほどの論争が巻き起こった。そしてそれが、この裁判の核心となっていた。

アプリ会員資格が取り消され

ティックル氏は2021年、女性専用アプリ「ギグル・フォー・ガールズ」をダウンロードした。このアプリは、女性が安全な空間で自身の経験を共有できるオンライン上の避難場所として売り込まれていた。つまり、男性の利用は認められていなかった。

このアプリにアクセスするには、女性であることを証明する自撮り写真をアップロードし、男性を排除するよう設計された性別認識ソフトウエアによる写真査定を受ける必要があった。

ティックル氏はこのプラットフォームに無事に参加した。しかしその7カ月後、同氏の会員資格は取り消された。

女性を自認する者として、自分には女性向けサービスを利用する法的権利があり、性自認に基づく差別を受けたと、ティックル氏は主張した。

「トランス・インクルージョン」と「性に基づく権利」の対立

ティックル氏は、同プラットフォームの運営会社とサル・グローヴァー最高経営責任者(CEO)を相手取り、20万豪ドル(約2000万円)の損害賠償を求める訴訟を起こした。グローヴァーCEOによる「執拗なミスジェンダリング(本人の性自認とは異なる性別で扱うこと)」が「絶え間ない不安を生み、時に自殺願望」を引き起こしたと、ティックル氏は訴えた。

「私やこの件に関するグローヴァー氏の公式声明は、苦痛を与え、失望させ、当惑させ、消耗させ、傷つけるものだ。これが、私に対する憎悪に満ちたコメントを個人がオンラインに投稿することにつながり、同じことをするようほかの人たちを間接的に扇動している」と、ティックル氏は宣誓供述書で述べた。

アプリ側の弁護団は裁判で一貫して、性とは生物学的概念だと主張した。

アプリ側は弁護団は、ティックル氏が差別を受けたという点については譲歩しつつ、それは性自認ではなく性別を理由としたものだと主張。同氏がアプリの利用を拒否されたのは、合法的な性差別だとした。また、アプリは男性を排除するように設計されており、創業者のグローヴァー氏はティックル氏を男性と認識しているため、ティックル氏のアクセスを拒否したのは合法だったと主張した。

しかし、ロバート・ブロムウィッチ判事は23日の判決で、性は「変化しうるもので、必ずしも二つの要素で構成されているものではない」ということは、判例で一貫して示されているとし、最終的にアプリ側の主張を退けた。

ティックル氏は、今回の判決は「すべての女性が差別から保護されていることを示している」とし、「トランスの人や、多様な性自認の人にとっていやしとなる」ことを願っていると述べた。

グローヴァー氏は、「残念ながら、私たちは予想していた通りの判決を受けた。女性の権利のための戦いは続く」とソーシャルメディアに投稿した。

この裁判は「ティックル対ギグル」として知られる。オーストラリアの連邦裁判所で性自認に基づく差別の訴えが審理されたのは初めて。

トランス・インクルージョン(包括性)と、性に基づく権利の対立という、最も激しいイデオロギー論争の一つが、法廷でどのように展開されるのかを象徴するものとなった。

「誰もが私を女性として扱ってきた」

ティックル氏は男性として生まれたが、2017年からは性別を変更し、女性として生活している。

女性であることを示す証拠を法廷で提示した際には、「この件に至るまで、誰もが私を女性として扱ってきた」と述べた。

「時々、しかめっ面をされたり、じっと見られたり、けげんな顔をされることはあって、それはかなり不愉快だが(中略)みんな私のすべきことをさせてくれる」

一方でグローヴァー氏は、性別を変えられる人間は一人もいないと考えている。これは、トランスジェンダーを否定する「ジェンダー批判思想」の支柱的考えだ。

ティックル氏の弁護人ジョージナ・コステロ勅選弁護士は、グローヴァー氏に反対尋問した際、「出生時に男性に割り当てられた人が、手術やホルモン治療、ひげの除去、顔の整形手術をしたり、髪の毛を伸ばし、化粧をし、女性の服を着て、自分は女性だと表現し、自分を女性として紹介し、女性用更衣室を利用し、出生証明書を変更して女性に性別を移行しても、あなたはそれを女性であるとは認めないのか?」と尋ねた。

グローヴァー氏は「認めない」と答えた。

さらに、ティックル氏を女性の敬称である「Ms(ミス)」を付けて呼ぶことを拒否し、「ティックル氏は生物学的に男性だ」と述べた。

グローヴァー氏は「トランス排除的ラディカル・フェミニスト(TERF)」を自称している。TERFの考え方は、トランスの人々に敵対的だと広く考えられている。

「女性専用の空間を使いたいからと、自分は女性だと名乗る男性によって、私は連邦裁判所で訴えられている」と、グローヴァー氏はソーシャルメディアに投稿した。

「この女性専用の空間を使うために、私を裁判にかけなければならない女性なんて、この世に存在しない。男性でなければこの裁判は存在しない」

グローヴァー氏はハリウッドで脚本家として働いていた際に、男性からソーシャルメディア上で多くの嫌がらせを受けたことから、2020年に「ギグル・フォー・ガールズ」をつくったという。

「手のひらの上に収まる、安全な女性だけの空間をつくりたかった」と、グローヴァ―氏は述べた。

「ティックル氏が女性だというのは法的擬制だ。出生証明書は男性から女性に変更されているが、彼は生物学的に男性であり、これからもずっとそうだ」

「私たちはすべての女性のためだけの空間の安全のために、また、法律が反映すべき基本的な現実と真実のために立場を明確にしている」

グローヴァー氏は以前、裁判所の決定を不服とし、オーストラリアの高等裁判所まで争うつもりだと述べていた。

法的先例になるか

今回の裁判結果は、他国における性自認の権利と性に基づく権利の対立を解決するための、法的先例となる可能性がある。

この問題を理解するうえで重要なのは、女性差別撤廃条約(CEDAW)だ。1979年に国連で採択されたこの国際条約は事実上、女性のための国際権利章典となっている。

オーストラリアはCEDAWを批准したことで、男女それぞれの空間を含む、女性の権利を保護する義務が課せられていると、アプリ側の弁護団は主張した。

つまり、ティックル氏を支持する判決は、CEDAWを批准するブラジルやインド、南アフリカに至る189カ国すべてにとって、重要な意味をもつだろう。

国際条約の解釈という点において、各国の裁判所はしばしば、ほかの国々がどのようにそれを解釈しているのかを参考にする。

これほどメディアの注目を集めた裁判で示された、オーストラリアの法解釈は、世界的な反響を呼びそうだ。

性自認を主張する側を支持する裁判所の判決が徐々に増えていけば、ほかの国々がそれに追随する可能性もより高まるだろう。

(英語記事 What is a woman? Australian court rules in landmark case

提供元:https://www.bbc.com/japanese/articles/c2l1xpnd5j7o


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