2024年12月16日(月)

孤独・孤立社会の果て 誰もが当事者になる時代

2024年9月17日

 では、何をどう備えておくべきか。最も大事なのは、自分のことは自分でするという生活的自立だ。「普段は家事を妻に任せているが、やろうと思えばできる」という男性は少なくないだろう。シングルの頃や単身赴任中は、たまには自炊していたという人もいるかもしれない。もしそうなのであれば、週に一度でも、10日に一度でもいいので、炊事、掃除、洗濯をひとりで担当してみてほしい。

 日本には「おもてなし」文化があるとされる。日本にやってくる外国人の中には、レストランやホテル、空港などで、笑顔、清潔さ、丁寧さ、無料サービスの多さなど、サービス業のおもてなしに驚く人も少なくない。相手を思いやり、甲斐甲斐しく世話をすることが美徳のようにされ、どれだけ手厚いおもてなしやサービスを受けたかが、サービス業への評価につながる傾向もある。

できることは自分でやる
スイスの高級介護施設

 コロナ禍の直前、私はスイスの高級介護施設を訪問する機会があった。サロンには、さまざまなタイプの車いすに乗った高齢者が、思い思いに時間を過ごしていたが、入居者が車いすで移動するときに、スタッフは眺めているだけで、介助していないことに気が付いた。不思議に思って、理由をたずねると、「車いすを押すのは虐待ですよ」という答えが返ってきて、びっくりした。

 足腰が弱っている人は車いすを使っているが、それを他人が押したら、機能が残っている手を使わなくなり、手の筋力が衰え、寝たきりになってしまう。だから、車いすを押すのは、介護ではなく、虐待なのだという。

 そう思って見回すと、車輪を自力で動かすタイプ、座位姿勢を保つのが難しい人向けのリクライニングタイプ、電動タイプなど、入居者が使用する車いすもさまざまだった。日本では、スタッフに手厚い介護をしてもらえる施設が良いと考えられがちだが、人にやってあげることが優しさなのではなく、自立をサポートすることが大事なのだと、改めて教えられた。

 翻って、日本の夫婦の家事分担についてみると、国立社会保障・人口問題研究所が2022年に実施した『全国家庭動向調査』によれば、一日の平均家事時間は平日で妻が4時間7分なのに対し、夫はわずか47分。圧倒的に妻が家事をしていることがわかる。甲斐甲斐しい妻に身の回りの世話をすべてしてもらうのは、夫にとってはこの上ない幸せだろうが、これは、夫の自立を妨げていることに他ならない。

 定年後に、妻の作ったごはんが毎日、自動的に出てくる、という生活をしていると、冒頭のように、自分が食べたいものすら分からなくなってしまう可能性があるのだ。

お弁当の種類が
多すぎて選べない初老男性

 妻に先立たれた知り合いの初老男性は、夕食は近所に住む娘に運んでもらっているが、娘夫婦は日中働いているため、昼食は自分でなんとかしなければならない。散歩がてら、近くのスーパーにお弁当を買いにいくのだが、お弁当の種類が多すぎて、何を買えばよいのか、困ってしまうという。冗談のような話だが、現役時代は愛妻弁当を持って出勤していたこともあり、「何を食べようか」と考えたことが、そもそもほとんどなかったそうだ。

 備えるべきは家事能力だけではない。定年後は、必然的に夫婦で過ごす時間が増えるが、妻以外の人と過ごす時間がどれだけあるかが、重要だ。


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