デイヴィッド・グリッテン(ロンドン)
レバノンで17日、同国を拠点とするイスラム教シーア派組織ヒズボラのメンバーが使用する、ポケットベルのような小型通信機が各地で爆発し、子供を含む9人が死亡した。レバノンの保健相が発表した。
小型通信機の爆発は首都ベイルートや複数の地域で同時に発生した。負傷者は約2800人で、イランのモジタバ・アマニ駐レバノン大使も含まれる。
イランの支援を受けるヒズボラは小型通信機について、「ヒズボラのさまざまな部隊や機関で働く人のもの」だとし、戦闘員8人が死亡したと認めた。
ヒズボラはこの「犯罪的な侵略行為」はイスラエルによる犯行だと非難。「正当な報い」を受けさせると誓った。イスラエル軍はこの件についてコメントを拒否した。
爆発の数時間前、イスラエルは治安閣議で、家を追われた同国の住民の安全な帰還を可能にするため、ヒズボラによるイスラエル北部への攻撃を阻止することが公式の戦争目標の一つだとしていた。
イスラエルとレバノンの国境を隔てた交戦は、パレスチナ自治区ガザ地区でイスラエルとイスラム組織ハマスの戦闘が始まった翌日からほぼ毎日続いている。
ヒズボラは、同様にイランの後ろ盾を受けるハマスを支援するために行動しているとしている。ヒズボラとハマスはいずれも、イスラエルやイギリスなど複数の国からテロ組織に指定されている。
国連の報道官は、レバノンにおける最新の動きは「とりわけ、極めて不安定な状況の中で起きていることを考慮すると、極めて懸念されるもの」だと述べた。
何があったのか
17日夕、多くのレバノン国民は衝撃と不信感に包まれ、前例のない規模と性質の出来事を飲み込めずにいた。
ヒズボラによると、ベイルートやそのほかの地域で17日午後3時30分ごろ、同組織が使用する小型通信機が複数爆発した。ヒズボラは、携帯電話ではハッキングや追跡を受けるリスクがあることから、通信手段として小型通信機に大きく依存している。
スーパーマーケットの監視カメラ映像には、男性のバッグかポケットの中で爆発が起きた時の様子が映っていた。ほかの買い物客が逃げ惑うなか、男性は床に倒れ込み、痛みに泣き叫んでいた。
爆発から数時間たっても救急車による搬送は続き、死傷者の多さに現場はひっ迫していた。負傷者のうち200人は危険な状態だと、レバノンの保健相は述べた。病院の外では被害者の親族が最新情報を得ようと待機していた。
ベイルートのアシュラフィエ地区にあるLAUメディカルセンターはメインゲートを閉鎖し、入館者を制限している。「非常にセンシティブで、恐ろしい光景も広がってる」とスタッフの一人はBBCに語った。
この男性は、けがの大半は腰や顔、目、手に集中しているとし、「多くの死傷者が指を失った。すべての指を失った人もいる」と付け加えた。
イランのアマニ駐レバノン大使の妻は、大使は爆発で「少しけがをした」が病院で「元気にしている」と語った。
ヒズボラのメディア・オフィスは、戦闘員8人の死亡を発表した。場所や状況の詳細は明かさず、「エルサレムへ向かう途中で殉教した」とだけ述べた。
ヒズボラに近しい情報筋はAFP通信に対し、ヒズボラの国会議員アリ・アンマル氏の息子と、ベカー渓谷(高原)にいるヒズボラ・メンバーの娘(10)が殺害されたと語った。同情報筋はその後、ヒズボラの議員ハッサン・ファドララ氏の息子が負傷したとも語った。
イギリスを拠点とし、シリアに情報網をもつ「シリア人権監視団(SOHR)」によると、レバノンの隣国シリアでも小型通信機の爆発で14人が負傷したという。ヒズボラはシリア内戦で政府軍と共に戦っている。
ヒズボラは17日夕の声明で、「我々はイスラエルという敵に、この犯罪的侵略行為の全責任を負わせる」と述べた。
「この背信的な犯罪者である敵は、この罪深い侵略行為に対して必ず正当な報いを受けることになる」
レバノンのナジブ・ミカティ首相も今回の爆発についてイスラエルを非難し、「レバノンの主権に対する重大な侵害行為であり、あらゆる基準からみても犯罪行為だ」とした。
イランのアッバス・アラグチ外相は、「イスラエルのテロ行為を強く非難する」とレバノン側に伝えたという。
イスラエルに最も近い友好国のアメリカは、いかなる関わりも否定し、イラン側に緊張を高めないよう求めた。
専門家らの見解
ヒズボラは、小型通信機の爆発の原因について、考えを明らかにしなかった。
米紙ウォール・ストリート・ジャーナルは情報筋の話として、爆発した小型通信機はここ数日の間にヒズボラに届いたものだったと伝えた。ヒズボラ関係者の一人は同紙に、爆発が起きる前に小型通信機が熱くなっているのに気づいた人もいたと語った。
リチウムイオン電池は熱くなりすぎると発火する可能性がある。ただ、複数専門家は、小型通信機をハッキングして過熱させても、通常はこのような爆発は起こらないとしている。
小型通信機にはおそらく、10~20グラムの軍用高性能爆薬が詰め込まれ、偽の電子部品の中に隠されていたのだろうと、元英国陸軍の軍需専門家は匿名でBBCに語った。
英数字テキスト・メッセージとよばれる信号を使って仕込めば、次にその機器を使用する人に起爆させることができただろうと、この専門家は述べた。
英シンクタンク「チャタムハウス」(王立国際問題研究所)の中東アナリスト、リナ・カティブ氏は、「イスラエルはこの数カ月間、ヒズボラに対するサイバー作戦に従事しているが、今回のセキュリティー侵害は最大規模のものだ」とBBCに語った。
米 シンクタンク「アトランティック・カウンシル」の上級研究員でベイルートを拠点とするニコラス・ブランフォード氏は、「イスラエルは、一挙に数千人とは言わないまでも、数百人のヒズボラ戦闘員を戦闘不能状態にした」と指摘した。
ブランフォード氏は、ヒズボラの指導者たちは今ごろ、「激しい報復をするよう求める同組織の仲間や支援者たちからの極度の圧力に直面しているだろう」とし、昨年10月以降のヒズボラとイスラエルの紛争において「最も危険な瞬間」が訪れていると警告した。
ヒズボラへの対応強化するイスラエル
イスラエル軍が17日夕に発表した声明は、小型通信機の爆発には言及していないが、軍トップのヘルジ・ハレヴィ参謀総長が複数司令官と「あらゆる領域における攻撃と防衛の両方の準備態勢に焦点を当てた」状況評価を行ったとしている。
また、イスラエル国民に対する防衛ガイドラインに変更はないが、油断せず警戒を怠らないよう求めたという。
イスラエル軍はこれに先立ち、イスラエルの国境に近いレバノン・ブリダ地区への空爆で「テロ・インフラ施設内で活動していたヒズボラのテロリスト」3人を殺害したと発表した。
レバノン保健省はイスラエルの空爆で3人が死亡したことを認めた。一方でヒズボラのメディア・オフィスは、イスラエル部隊とイスラエルの軍事施設を標的としたミサイル攻撃とドローン(無人機)攻撃を行ったとした。
イスラエル総保安庁(シンベト)もまた、イスラエルの元治安当局高官を標的としたヒズボラの爆弾攻撃を阻止したとした。ヒズボラはこれについてコメントしていない。
今回の爆発は、イスラエル政府がヒズボラに対する軍事的取り組みを強化すると警告する中で起きた。
イスラエルは17日朝に開いた治安閣議で、ヒズボラの攻撃で家を追われたイスラエル北部の住民6万人の安全な帰還実現を、ガザ戦争における公式目標の一つに掲げた。
イスラエルのヨアヴ・ガラント国防相は16日、アメリカのアモス・ホックスティーン特使と会談し、北部の住民を帰還させる唯一の方法は「軍事行動」だと述べた。
「ヒズボラがハマスとの『結びつき』を続け、紛争を終わらせることを拒否しているため、合意に至る可能性は消えつつある」と、ガラント氏の事務所は声明を出した。
レバノン保健省によると、昨年10月に敵対行為がエスカレートして以降、レバノンでは少なくとも589人が死亡している。大半はヒズボラ戦闘員だという。
イスラエル側では民間人25人、治安部隊21人が死亡したと同国政府は発表している。
追加取材:フランシス・マオ
(英語記事 Hezbollah blames Israel after pager explosions kill nine in Lebanon)