貿易戦争はアジア新興国にも及ぶ
とはいえ、トランプ氏個人のこだわりが東南アジア諸国との協力の阻害要因となるリスクは否定できない。その最大のリスク要因となるのは貿易不均衡の問題である。ベトナム、タイ、マレーシア、インドネシアは米国の貿易赤字の上位国であり(図参照)、トランプ氏が不満を訴える可能性が高い。特にベトナムの財貿易赤字(2024年)は中国、メキシコに次いで3番目に大きく、トランプ氏は第1期政権時にも「ベトナムは中国より悪質だ」と述べたことがある(前項で取り上げた発言)。
ベトナムの対米輸出は特に近年、米国が中国への関税を引き上げたことに伴って大きく伸びた。トランプ氏は大統領就任後、中国に60%の追加関税、他の国々に10~20%の関税を課すと宣言しているが、もしこれを実行に移せば、中国に極端に高い関税が課されることから、アジア新興国はさらなる「漁夫の利」を得る可能性がある。
アジア経済研究所は、中国に60%の追加関税が課されれば、他の国々に20%の関税が課された場合であっても、ASEANのGDPは0.1%、インドは0.2%押し上げられるとの試算を示している。
このように、中国に高い関税が課されれば、アジア新興国は関税が引き上げられてもなお恩恵を受ける可能性がある。脱中国シフトにより、海外直接投資もさらなる拡大が見込めるだろう。
もっとも、アジア新興国が直面するリスクは関税だけではない。米国はかねてより中国製品の迂回輸出に対して強い懸念を抱いており、東南アジアに進出している中国企業の対米輸出も制裁関税のターゲットとされる可能性がある。昨年、バイデン政権はタイ、マレーシア、ベトナムおよびカンボジアの太陽光発電関連製品にアンチダンピング関税を課したが、その中でも特に中国企業を狙い撃ちにして高い税率を設定した。
また、東南アジアの国々では、安価な中国製品が大量に流れ込み、地場企業の経営を圧迫することが問題になっているが(鉄鋼、繊維、自動車といった分野で顕著にみられ、昨年、インドネシアでは繊維大手が倒産するに至った)、トランプ次期政権になると、中国製品が米国市場から締め出され、東南アジアにさらに流入する可能性がある。そもそも東南アジアは自由貿易とグローバル化に恩恵を受けて発展を遂げた地域であり、貿易戦争自体が中長期的にマイナスの影響を及ぼすとみるべきだろう。