2025年1月12日(日)

移民問題に揺れる世界

2025年1月12日

 「個人の能力を評価される国が日本だけなのは残念。日本に見切りをつけるとかではなく、日本だけに留まっていたら自分に失望してしまう。だから将来は、パリで働いてみたいとも思っています」

 海外生活というのは、当初、思い描いていた理想の世界と、実際に住んでから知る現実の世界がある。最初の数年間は、言語の上達や新天地の文化を吸収する「喜び」の期間で、前述の2人はちょうどその時期にいるのだろう。しかし、さらに数年がたつ頃には、言語の行き詰まりや新天地の弱点を知る「苦悩」の期間が訪れる。筆者の経験上、喜びと苦悩の繰り返しは、だいたい5年ごとのサイクルであるような気がする。

 では、パリ生活が長く、経験豊かな日本人たちは、昨今の日本の状況をどう見ているのか。また、彼らはフランスで、どのような試練を乗り越えてきたのか。

金銭目的だけでは難しい
パリでの暮らしの現実

 4店舗を持つレストラン・お菓子店「AKI」の店長兼料理人を務める小野陽輔さん(44歳)は、大阪の寿司・懐石料理店で働いていた頃、親方からパリでの日本食拡散を勧められ、23年前に渡仏した。パリ市内の高級日本料理店を端緒として、ラーメン店からB級グルメの厨房まで手がけ、06年以降、1日に大福類1000個を売る「AKI」グループの責任者になっている。パリで四半世紀を過ごしてきた小野さんは、多くの日本人労働者を見てきた。

 「半年間働いてみたものの、結局、精神的に病んでしまった人たちもいます。給料だけを求めてパリに来るのは、やめた方がいい。お金目的で成功するのは難しい。むしろ目標に突き進む方が、大事だと思います」

 小野さんの職場で週35時間働いても、手取りは約1600ユーロ(約26万円)。期待以上の額でないならば、「日本にいる方が生活の質が高いのでは」と吐露。「友達ができない、文化に適応できない、という人たちを多く見てきました」と明かした。

 海外で経験を積みたいという願望とは裏腹に、期待を裏切られるケースは日常茶飯事だ。日本の常識が通用しない出来事に遭遇してストレスを抱えたり、日々、言葉の壁にぶつかったりもする。その上、多様性の社会というのは、多文化・多言語に寛容であるからこそ、偏見や差別も溢れている。

 京都で14年間、友禅染の修業を積み、退職後に単身渡仏した花形由美子さん(62歳)は、パリ12区でフラワーショップ「テール・ソバージュ」を営んでいる。当初は、アジア人差別を頻繁に受けてきたという。

 「パンのお店に並んでいても、私の顔を見るなり無視されて、順番を飛ばされることはしょっちゅうありました。そういう社会に生きていると、無理やりでも強引な態度を取ったり、狡賢く生きる術を覚えざるを得なくなったりするものです」

 苦い経験を繰り返しながらも、好きなことには没頭した。数年後には赤字経営も上向きになり、現在、お店に来る客足の数は止まらない。花形さんは、こう考える。

 「海外への出稼ぎが増え続ければ、日本はどんどん貧乏になってしまう。私は、逆に貧乏な国に出てきたほう。好きなことをやりたくて、やったらうまくいった。日本人は一つのことに没頭したら、真意になるものです。コロコロと職を変えるより、そっちの方が向いているのでは」


新着記事

»もっと見る