日本人が日本製品を
買えなくなる時代に
海外に出ることや経験を積むこと自体は悪くない。ただ、国民が金銭目的で外国に出向くことは、中・東欧諸国などのように、国の衰退を招いてしまう。すでに日本でも、大企業は海外の市場に目を向けている。
11月に発売されたソニーのプレイステーション(5Pro)は、約12万円と海外価格に設定され、日本人の娯楽から遠ざかりつつある。また、日本人の多くが軽自動車に乗り、欧米人は中・大型日本車を運転する。技術開発能力にもつながる「厳格な教育」や「勤勉」といった日本特有の文化や努力は、何のためにあるのか。それは本来、日本人の幸福のためにあったはずではないのか。
ここ数年、筆者が感じている最大の危惧は、日本で起こりうる暴走だ。欧米社会のように怒りをデモやストで表現し難い日本社会において、「失われた30年」で置き去りにされた人々が、取り返しのつかない事態を起こしかねないのではないか。
パリで生まれ育ち、カナダで15年間暮らしてきた山口晶さん(44歳)は、東京での4年間の勤務を経て、24年10月にパリに戻ってきた。九州出身の両親に厳しく育てられたこともあり、アイデンティティーは日本にもある。多文化を知る彼女は、日本で何を感じたのか。
「日本人の働き方は、効率がとても良く、とにかく気配りが素晴らしい。常に客や他人がどう思うかを考えて働いています。私が住んできた西洋社会では、個人が重視され、相手がどう思おうがあまり関係がない」
しかし、山口さんが日本に残れないと思った要因の一つに「日本の政治不信」があった。「日本はフランスと違い、国民の声が社会に反映されないように思います。美しい国でも、政治がうまく機能しない国に住むのは不安でしかない」と語った。
国民の声が政治に伝わらない、伝えても実現されない、との諦めが日本人にはあるのかもしれない。社会を直接変える仕組みも運動も、日本にはあまり用意されていない。闇バイト事件などは、こうした日本社会が必然的に生み出した「若者たちの叫び」ではなかったか。
料理人の小野さんは、「日本では有給休暇がほぼ取れませんでしたが、こちらでは5週間しっかり取れます」と強調し、大きな夢を持つ髙山さんは、「おにぎりを握る時に手袋をしない人もいますが、特に問題もない」との気づきを口にした。2人は、日本は仕事のプロだが、重圧がかかり過ぎ、しかも賃金が低い、ということを暗に述べている。
日本は今、二者択一を迫られている。「賃金を上げて質を保つ」のか、「重圧をなくし、質を下げる」のか。後者を選択するならば、国民の海外流出はやむを得ないだろう。
経済再発展のため、そして、国民の幸福を取り戻すため、政治家は一刻も早くこの問題に対処しなければならない。