高所へと上がる「かかりつけ医」
仕事の相棒・ハンマーの秘密
朝9時過ぎにレールテックと協力会社のスタッフたちが現場にやってきた。
新幹線が走る高架橋の高さはビルの4~5階に相当するため、目視や打音による確認作業は高所作業車を使って行われる。3人1組で行われ、1人がアームの先端にあるゴンドラに乗り、もう1人がアームを操作する。今回の作業は高所作業車2台が使われる。作業車のそばでは5人の作業員が道路誘導を行っている。なかなか大掛かりな作業である。
作業が始まると作業車のアームがするすると上に伸びる。ゴンドラが高架橋の外表に近づくと、作業員はコンクリートの表面をなめるように見て、気になる場所があるとハンマーで叩き、音を聞く。
ひび割れなどの「変状」があれば、その部分を集中的に叩いてみる。打音に異変を感じたらJRに報告し、補修専門の会社に後を託す。異変がなくても叩いた場所はチョークで丸く囲み日付を記しておく。時間の経過によって変化が生じる可能性もあり、次回の確認時に再度叩いてもらうためだ。
渡邉さんがレールテックに入社したのは12年。同社には軌道の検査・工事や工事で使用する保守用車の検査などを行う部門もあるが、一貫して構造物の検査・点検に携わってきた。
最初はコンクリートで作られた何種類ものテストピース(供試体)での練習。ひび割れが表面だけのもの、奥まであるもの、奥に異物があるもの、さまざまな供試体を叩いて、音の違いの基本を学んだ。
むろん、現場で基本どおりの音に出会うことはめったにない。先輩から「なぜこんなこともわからない」と怒鳴られることが何度もあった。
「でも、厳しかったからこそ、今があります」
打音検査で使うハンマーは2~3年で寿命が来る。何度も叩くうちに鎚と柄の接合部に緩みが生じるためだ。買い換える人もいるが、渡邉さんは違う。
「商売道具なので手になじむものを使いたい。今日は撮影用に共用のハンマーを使っていますが、自分のものはかなりの使用感があります」
柄を切って楔を打ち込んで修理して使い続ける。そのため、愛用のハンマーは通常のものよりもかなり短いという。
音の違いを聞き分ける集中力、瞬時の判断力が問われる仕事であり、ハンマーを振り続けるだけの握力や体力も必要だ。しかも今回のような日中ではなく、トンネル内部などのように営業運転後の夜中に行われる点検も多い。決して楽な仕事ではない。1日の作業の終わりが見えてきたら、「もう少しだ。頑張ろう」と気持ちを奮い立たせる。