AIが取って代わる日は来るか
未来を見据える匠の矜持
人手のかかる仕事を機械や装置で行い、技術者の経験や判断をデジタル化する動きは鉄道メンテナンスの世界でも急速に普及している。
たとえばドローン。駅の屋根裏のような狭く障害物が多い場所、あるいは河川の上にある橋梁など、人が接近することが困難だった場所ではドローンを使った確認作業が行われるようになった。
渡邉さんもこの日の取材の前日には博多駅の屋根裏にドローンを飛ばして、遠隔での目視点検を行っていた。
人が現地で行っていた検査を自動化する動きは徐々に進んでいる。実際、JR東海は新幹線の営業車両に専用の装置を搭載し、AIを用いて、電車線金具の変形などの異変を自動で検査する装置を開発した。今後、長期耐久性の検証などを行い、27年に実運用を目指している。
同様に、打音確認の作業もいずれ人から機械に置き換わる時代がやってくるのだろうか。渡邉さんは、「未来の打音検査はAIが担っているかもしれない。でも、それまでは負けません」と言い切った。
ふと、「CG恐竜」で映画界に革命を起こした『ジュラシック・パーク』の制作にまつわる逸話を思い出した。当初、恐竜登場シーンの大半は静止している模型を1コマずつ動かして撮影する「ゴーモーション」という手法で撮影する予定で、担当するアニメーターのフィル・ティペット氏は恐竜の動きについて研究を重ねていた。
ところが、一部のシーンのために作成したCG恐竜の出来栄えにスピルバーグ監督が感心し、大半の恐竜をCGで動かす方針に転換してしまった。とはいってもCGスタッフたちは恐竜の動きがわからない。結局、ティペット氏が彼らに恐竜の動きを教え、映画は完成にこぎつけることができた。
とどのつまり、AIがいかに進化しても、打音の違いによる異変の判断は人間が教え込まないとわからない。
「自分には10年以上の経験があります。長年この作業をしてきた人でないと、微妙な音の違いを即座に判断することはできません」
AIも現場で活躍するためには、「匠の技」をAIに覚え込ませる必要がある。そしてなにより、最終的な安全の確認は、匠たちが担っていくのだ。
デジタルが主流となる時代にも渡邉さんのようなベテランの存在が欠かせない。