米大統領執務室で演説するトランプ大統領
アメリカのドナルド・トランプ大統領が2021年1月6日の演説の編集で名誉を傷つけられたとしてBBCに50億ドル(約7740億円)の損害賠償を求めた訴訟で、BBCは16日、争う方針を表明した。
BBCの広報は、「以前から明確にしている通り、この訴訟で争う方針」だと述べた。
そして、「進行中の法的手続きについて、これ以上のコメントは差し控える」と付け加えた。
米フロリダ州の裁判所に提出された書類によると、トランプ氏はBBCを名誉毀損と、欺瞞(ぎまん)的・不公正商慣行を禁じるフロリダ州の消費者保護法への違反で訴え、それぞれについて50億ドルずつの損害賠償を請求した。
BBCは今年11月にトランプ氏に謝罪したものの、賠償要求は退け、「名誉毀損の根拠はない」との見解を示している。
トランプ氏の法務チームは、BBCが「意図的に、かつ悪意を持って、欺瞞的に演説を改竄(かいざん)」し、トランプ氏を中傷したと非難した。
問題となっている報道番組「パノラマ」のドキュメンタリーは、2024年米大統領選の直前にイギリスで放送された。このドキュメンタリーに関するBBC内部からの流出したメモを英紙デイリー・テレグラフが今年11月初めに報道し、初めて大きな注目を集めた。
BBCの編集指針基準委員会の元外部独立顧問が書いたこのメモは、トランプ氏の演説の一部が編集され、2021年1月の連邦議会議事堂襲撃を明示的に扇動したかのように示唆する形になっていることに懸念を示していた。
トランプ氏はこの演説で、「議会議事堂まで歩いて行き、勇敢な上院議員や下院議員の男女を応援する」と述べた。
しかし、「パノラマ」はこれを編集で、「議会議事堂まで歩いて行き(中略)私もあなたたちとそこにいる。そして私たちは戦う。死に物狂いで戦う」と話したようにした。つなぎ合わせた二つの発言は、50分以上離れていたものだった。
演説全体では、トランプ氏は「戦う」または「戦っている」という言葉を、さまざまな場面で、合計20回使用していた。
この問題で、BBCではティム・デイヴィー会長が辞意を表明したほか、BBCニュースのデボラ・ターネス最高経営責任者(CEO)が辞任した。
トランプ氏は先月、BBCを訴える方針だと発言。トランプ氏は、「そうしなくてはならないと思う。彼らはずるをした。私の口から出た言葉を変えた」と記者団に話していた。
BBCは、「パノラマ」による演説の編集が、「(トランプ氏が)暴力的行動を直接呼びかけた」という「誤った印象」を与えたことを認めたが、名誉毀損の根拠はないと反論した。
米国内で未放送も、市民が「番組にアクセスした可能性ある」と
トランプ氏の提訴に先だち、BBCの弁護士はトランプ氏の主張に対して長文で回答。その中で、編集に悪意はなく、2024年大統領選の直前に放送された当該番組がトランプ氏に損害を与えた事実はないとした。放送後にトランプ氏は大統領選で当選した。
またBBCは、「パノラマ」をアメリカで放送する権利を持たず、実際に放送しなかったとも説明した。BBCの配信サービス「iPlayer」での視聴はイギリス国内の人向けに限定されていた。
訴状は、BBCがほかの配信業者と締結したコンテンツ配給契約、とりわけ第三者メディア企業ブルー・アント・メディアとの契約について指摘。ブルー・アント・メディアは「フロリダ州を含む北米地域での」「パノラマ」の配給権を有していたとしている。
BBCはこの主張についてはまだ回答していない。
ブルー・アント側は、配給権の取得は認めたが、同社の買い手の中に「パノラマ」のドキュメンタリーを米国内で放送した者はいないと説明。同社が受け取った国際版のドキュメンタリーは「時間調整のため複数カ所が短縮」されており、「問題の編集部分は含まれていなかった」とした。
ブルー・アントは提訴されていない。
さらに訴状は、フロリダ州の人々が仮想プライベートネットワーク(VPN)や、ストリーミング・サービスのBritBoxを通じて、当該番組にアクセスした可能性があるとも主張。
「『パノラマ』のドキュメンタリーの注目度と、その公開以来、フロリダ州でVPN利用が大幅に増加していることが、BBCが削除する前にフロリダ州の住民が当該ドキュメンタリーにアクセスした可能性が極めて高いことを立証している」とした。
英政界の反応
英首相官邸の報道官は、「いかなる法的措置もBBCの問題だ」と述べた。
そして、「恐れや偏りなく報道する、信頼され頼りにされる国営放送としての強力で独立したBBCの原則を、我々は常に擁護する。しかし同時に、信頼を維持するために誤りがあれば迅速に修正することが極めて重要だ」と付け加えた。
英最大野党・保守党のナイジェル・ハドルストン影の文化相は、キア・スターマー首相が「自身の明白な影響力を利用して、BBCを訴えることは受信料を払う人々に悪影響を及ぼすということを(トランプ)大統領に説明」すべきだと述べた。
野党・自由民主党のエド・デイヴィー党首は、BBCを提訴するという決定は「容認できない」とトランプ氏に伝えるようスターマー首相に求めた。
メディアをたびたび提訴
今回の提訴は、トランプ氏が報道機関に対して起こしている一連の法的措置の最新の動きだ。
トランプ氏はこれまでにも、複数の米メディア企業を訴え、数百万ドル規模の和解金を勝ち取っている。
米保守系メディア、ニュースマックスの創設者兼最高経営責任者(CEO)で、トランプ氏の盟友クリス・ラディ氏は、アメリカで名誉毀損訴訟に勝つのは「非常にハードルが高い」とBBCに語った。
一方で、BBCは訴訟費用の負担を回避するために和解すべきだとも示唆した。ラディ氏によると、訴訟費用は推定5000万ドル(約77億5000万円)~1億ドル(約155億円)に達する可能性がある。
BBCラジオ4の制作幹部だったマーク・ダマザー氏は、「この訴訟で争わなければ、BBCの評判は極めて大きな損害を被る」ことになるとした。
「これはBBCの独立性に関わる問題だ。米メディア企業が(和解)金を支払ったのとは状況が異なる。BBCには、ホワイトハウスでトランプ大統領の恩恵に依存するという商業的関心はない」と、ダマザー氏はBBCラジオ4の番組「トゥデイ」で述べた。
(英語記事 BBC says it will defend Trump defamation lawsuit over Panorama speech edit)
