1920年代から30年代にかけては、米軍が密かに大英帝国との戦争計画を作成し、その中で、モントリオール、トロント、バンクーバーといったカナダの主要都市を奇襲・占領する計画を練っていた。この計画が実施されることはなかったが、カナダは常に強大な南の隣国が暴力的に迫ってくることを想定していなければならなかった。
米国からの移民受け入れ先にも
このように歴史を振り返れば、カナダはただ米国の友好国として存在していたわけではない。米国の圧迫を耐え抜くことで「米国とは異なる国」というアイデンティティを育み続けてきているのだ。
カナダは一方で、マイノリティや自国で迫害された米国人にとって重要な避難所の役割を果たしてきた。独立戦争期のロイヤリストだけではない。19世紀前半から南北戦争にかけて、米国南部で奴隷制の抑圧に苦しんでいた黒人たちが自由を求めて北へと逃亡した。
英領カナダは1833年に奴隷制を完全に廃止していたのである。秘密結社的な逃亡支援ネットワーク「地下鉄道」を通じて、数万人ものアフリカ系アメリカ人がカナダへ渡り、自由を獲得した。
その中心人物で自らの命を危険にさらして多くの人々を逃がしたハリエット・タブマンの活躍は近年映画化されている。1850年の逃亡奴隷法によって北部の自由州に逃げ込んだ奴隷も連れ戻せるようになると、米国の法律が及ばない「絶対的安息地」としてのカナダの重要性はさらに増した。
1960年代後半から70年代のベトナム戦争期、米国では若者への強制的な徴兵制が行われるとまたカナダが注目された。戦争への加担や兵役を拒否した米国の若者や、前線への派遣を拒んだ脱走兵たちが大量にカナダへ渡ったのだ。カナダ側も、当時のピエール・トルドー首相が「カナダは軍国主義から逃れる人々の避難所であるべきだ」と述べて、積極的に受け入れた。
21世紀に入ってもその傾向は続き、ジョージ・W・ブッシュ政権のキリスト教右派への傾倒やイラク戦争を嫌って、カナダへの移住が急増した。現在も第二次トランプ政権下で同様の傾向が強まっている。
勇気を与えられた「EU準加盟」提案
2026年、第二次トランプ政権から「51番目の州への編入」という事実上の吸収圧力を受けたカナダが、それを拒絶して「EU準加盟」という欧州との同盟に活路を見出している姿は、米独立戦争時に米側の侵略を跳ね返し、英国(欧州)の傘の下でロイヤリストと共に独自の国を創り上げた歴史の歩みそのものと言える。もちろん準加盟国というカテゴリーがこれまで存在してきたわけではなく、また、EUの決定には全加盟国の同意が必要であり何かがすぐに変わるわけではない。
ただ、今回の呼びかけはトランプ政権の圧力に同様に苦しむ大西洋を越えた仲間からの呼びかけとしてカナダ国民に大いに勇気を与えたはずである。カナダは300年間、南の強力な隣人からの圧力をきっかけに、欧州との絆を深めて自らの主権を守ってきた歴史があるのである。
