2024年12月8日(日)

野嶋剛が読み解くアジア最新事情

2019年2月12日

 現在東京国立博物館で開催中の特別展「顔真卿(がんしんけい) 王羲之を超えた名筆」は、展示の目玉である台北故宮から貸し出された中国の書家・顔真卿の真筆「祭姪文稿(さいてつぶんこう)」を見るために、平日でも1時間以上の行列という人気となっている。「書」というテーマを通して、中国の文化と歴史に触れ合う内容で、豊富な展示品や親切な解説、理解を助ける全体の配列など、どれも素晴らしい。近年稀にみるレベルの高い中国美術展であり、24日の閉幕までに多くの人に足を運んでほしい。

日本人がスルーする幻の名画「五馬図巻」とは

 ところが、日本美術界にとって「奇跡の発見」と称してもおかしくない戦後初公開の名品中の名品が、顔真卿展会場のあまり目立たない場所でひっそり展示されているのだ。それは、北宋の文人・李公麟が11世紀に描いた「五馬図巻(ごばずかん)」である。

五馬図巻(台北故宮収蔵の複写版) 写真を拡大

 中国から日本へ明治期に伝来し、大戦で失われたともいわれ、その後、一切表に出なかった幻の名品「五馬図巻」の突然の出現は、この絵の価値をよく知っている中国で先に騒ぎになった。会場では中国人が「五馬図巻はどこだ」と展示場に駆けつけていても、日本人の多くはスルーしてしまうおかしな状態になっている。

入場の際にも行列(写真:筆者提供)

 五馬図巻は、タイトルがごとく、五匹の馬の連作だ。毛筆の線だけで描く「白描」という画法で、李公麟はその第一人者。当時の北宋王朝に、優秀な馬の産地である西域の国々から献上された馬を描いている。私ももちろん初めて目の当たりにする実物だが、絵から飛び出すような馬のリアルな生命力に、背筋がピンと伸びる気持ちになった。

 馬は中国絵画のなかで特に重要なテーマであるが、この絵がその後の中国絵画で馬の描き方のスタンダードになったと言われるほど美術史的にも重要な作品であった。北宋の著名な書家・黄庭堅の跋文も付されているので、書をテーマにした今回の展示に入る形になっている。


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