「今で言うロービジョンケア(視覚に障害があるため生活に何らかの支障をきたしている人に、医療のみならず総合的な支援を行っていくこと)の受診を勧めてくれました。先生は僕の目の中を覗き込むだけではなく、心の中も覗きこもうとしてくれました。『小林さんの病気は他の医療機関で診断されたことに間違いはありません。ただ、あなたの人生はこれでおしまいではないのだから、これからどうやって生きてくかを考えなきゃいけませんね』と」
「それまで受けてきた医療機関のようにベルトコンベアーに乗せられるみたいに、ちょっと目を覗いて、治りませんね、はいオシマイという感じではなかったのです。それまでの医師たちとは明らかに違った先生でした。治らない病気とどう向き合って行けばよいのか、相談できる人に出会えたのです。この先生と出会えたことが転機になりました」
そして、この医師の勧めでロービジョンクリニックに通い始め、そこでケースワーカーから生きる指針となる言葉をもらった。
「これから何ができなくなるのか、そのためにどんな準備をしていけばいいのか?と聞かれても私たちには何も出来ません。小林さん、もっと大事なことがあるでしょ。それは、これからあなたが何をしたいのか、どうやって生きていきたいのか、なんですよ。それがあれば、私たちも、あなたの周りにいる人たちも、社会の仕組みも、あなたのことを支えてくれるはずです。あなたはいろいろなことが出来るはずだ。自分のやりたいことをやればいい。しっかりと自分の人生を歩みなさい」
失うものに心とらわれていては前に進む力は生まれない。
医師の言葉が小林を変えるキッカケとなった。
それまではできなくなることを指折り数えていたような毎日を送っていたが、たとえ目が見えなくなっても、自分にできるやり方を見つけ、自分にしかできないことをすればいいと思えるように変わっていった。
全盲のクライマーとの出会い
この時期、もうひとつ大きな出会いがあった。
コロラドに住む友人の結婚式に出席した小林は、「アメリカには全盲でエベレストに登った人がいる」と教えられた。エベレストを登るだけでも驚異なのに、それが全盲のクライマーとは……。
目が見えなくても、いま自分が想像している以上にいろいろなことができることを知った。帰国後、Webサイトにアクセスして「私は日本に住んでいる視覚障害者です。あなたと同じようにアウトドアの世界を愛し、クライミングを愛しています」というメールを送った。そして「あなたに会いたい」と伝えたところ、「コロラドの自宅にいるので来てくれるなら会えるよ」と返ってきた。
偶然にも二人は同い歳だった。国は違えども愛する世界は同じだ。気持ちが通じ合うまでにそれほど時間は掛からなかった。二人はその日のうちに岩場へ出掛けた。