障害者アスリート~越えてきた壁の数だけ強くなれた

2014年11月28日

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クライミングのためにアルバイト三昧の大学時代

 「僕が初めて岩場に登った方法はトップロープといって、一カ所は自分で、もうひとつは安全確保してくれる方が操作しながら登る方法でした」

人口壁を登る小林さんを上から撮影

 「スポーツをしてこなかったので、最初は何もできず、もちろん登れませんでした。それでも楽しかった」

 「新しいことをやった喜びですよ。きっと僕の中では新しいことがしたかったのかもしれないけれど、そうできない自分がいましたから。でもあの日の『小川山』では新しいことをやった新鮮さや、身体を動かすことの喜びを感じました」

 「それはスポーツとしての側面だけではなくて、自然に囲まれていることはもちろん、大人たちに交じっていることも居心地が良くて、クライミングを取り巻く『ふわっ』とした感覚まで魅力的だったのだと思います」

 すっかり魅了された小林は、毎月1度はクライミングスクールに参加して岩場を登るようになった。高校3年に進級後、大学進学準備のためブランクはあったが受験が終わるとすぐにアルバイトに精を出してクライミングに行くお金を貯めた。

 「小林君、受験は終わったの。じゃあ戻っておいでよ」というクライミング仲間に誘われるようにして再び岩場に戻っていった。

 小林はクライミングに夢中になった。仲間も増えた。

 「大学生になって僕の生活はクライミングを軸に変わりました。週に5日間、1日10時間くらいアルバイトをして、そのほとんどを山に使いました。学生なのに勉強しに行っているのか、アルバイトをしに行っているのかわからないような生活になりました。

 行先は季節によって変わりますが、夏場は標高が高く涼しくて空気が乾いている小川山に行き、冬場は暖かい伊豆の城ケ崎あたりによく行きました」

 大学卒業後は旅行会社に就職し営業を担当した。形のないものを売ってみたい。それも自分の興味のあるものに携わりたいというのが希望した理由である。まったく社交的でなかった小・中学生時代からは考えられない変貌であるが、それもクライミングによって得た自信によるものが大きいと小林は言う。

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