彼の名はエリック・ヴァイエンマイヤー。世界七大陸の最高峰を完全制覇した全盲のクライマーである。そのヴァイエンマイヤー氏から「アメリカではたくさんの障害者がクライミングを通じて可能性や自信を感じている。まだ日本でそれができていないなら、それを伝えることこそが君の仕事じゃないのか」と言われた。
「彼はクライミングの高度で専門的なことまで、みんな自分でやっていたのです。見せつけられた感じがして驚きました。また、僕がそれまで漠然と思っていたことを指摘されたようで、彼との出会いや、彼の言葉が僕を動かしてくれたようなものです」
「振り返れば障害を知らされ、この先どう生きていくのか先が見えなかった時にロービジョンケアの医師に出会い、自分にできることは何か、できないことは何かを考えはじめました。その後、エリックとの出会いによって、自分にしかできないことはこれだと確信していくようになりました」
障害を持つこと、それはある機能を失うことでもあり、人によっては夢や生きる希望までをも奪われるものである。しかし、新たな価値を生むという視点にも気づかなければならない。
人も社会も違いを尊重し、違いに価値があることを見出していくことが大切なのではないだろうか。
人に伝え、人と共有するためのクライミング
「スポーツに最適な高機能速乾性素材とポップでスマートなグラフィックが気に入り、手に取ってみて初めてこういった活動があることを知る人も多いのです」と小林さん。
バックプリントには、"No Sight But On Sight!"という「見えなくても一発で登りきれるぜ!」という思いを込めたメッセージが
小林は視覚障害者の可能性を高めることを目的として、フリークライミングを広く社会に普及するため2005年8月に「NPO法人モンキーマジック」を立ち上げた。
その2年ほど前から任意団体として病院の医師を通じて視覚障害者にクライミングの普及を始めたところ、その活動には様々な賛同者が集まり「これで食って行こう」という覚悟を決めた。
「障害者になるまでクライミングは自分が楽しめればいいし、自分の仲間内だけが楽しければそれで良かったのです。人のためや社会のためではありませんでした」
「でも自分が障害者になることによって、クライミングを社会に伝えることが自分のアイデンティティになっていったのです。以前は自分のためのクライミングだったのですが、今では人に伝え、人と共有するためのクライミングになるまで成長しました」
「それに2011年に初めて障害者部門が取り入れられたイタリアの世界選手権で優勝し、今年スペインで行われた世界選手権でも優勝しました。誰かと競うことにまったく興味のなかった僕が、スポーツの世界で日の丸を付けて、表彰台の一番高いところに立って、君が代を聞くなんて以前なら想像もできませんでした。障害者は可哀そうとか、できないことが多くて不幸と思われがちですが、僕は障害を負ったからこそ得られた経験がとても多く、いまそこに幸せを感じています」
「次の目標は2016年にパリで行われる世界選手権に出ることです」
最後にこうメッセージを残した。
「クライミングは一日のうちに何回も失敗して落ちます。失敗して、失敗して、落ちて、落ちて、落ちて、でも努力することによって、必ず登り方が見つかって、少しずつ前に進めることをクライマーは知っています。努力しだいで必ず答えが手に入ることを知っているのです」
「クライマーは失敗して落ちてもまた戻っていきます。それって人生と同じだなと思うのです」
「僕はこれからもクライミングと共に生きていきたいと思っていますし、死ぬギリギリまで身体を動かして終わりたい。そういう生き方をしたいと思っています。勝ったり負けたりではなく、何歳になっても岩に登っていることが豊かだと思いますので、いつまでもそういう自分でありたいと思っています」
(写真 1、3、4、5、6ページ上:NPO法人モンキーマジック提供、2、6ページ下:筆者撮影)
小林幸一郎 プロフィール
大学卒業後、旅行会社、アウトドア用品販売会社を経て33歳で独立。28歳のとき、「網膜色素変性症の類縁疾患、錐体桿体(すいたいかんたい)機能不全」という目の難病が発覚。「将来失明する」という診断に失意の日々を送るが、その後様々な出会いから、現在の活動まで至る。
2005年 NPO法人モンキーマジックを設立(同年、アフリカ大陸最高峰キリマンジャロ登頂)
2006年 第一回パラクライミング選手権視覚障害男子の部優勝(ロシア)
2011年 第一回クライミング世界選手権WorldChampionship パラクライミング部門男子B2クラス優勝(イタリア)
2012年 第2回クライミング世界選手権WorldChampionship パラクライミング部門男子B2クラス第2位(パリ)
2013年 クライミング日本選手権視覚障害者部門総合優勝(東京)
2014年 第3回クライミング世界選手権WorldChampionship パラクライミング部門男子B1クラス優勝(スペイン)
クライミング日本選手権視覚障害者部門総合優勝(東京)
▲「WEDGE Infinity」の新着記事などをお届けしています。