一方、欧米の製鋼法は森林資源が限られていたので英国の石炭を利用した「コークス炉」で製錬を行った。産業革命が英国で興ったのは製鉄業における石炭資源が木材資源に勝ったからである。ところが、石炭を蒸し焼きにしたコークスにはまだ硫黄分が多く含まれており、脆い鉄しか生産できなかった。そこで脱硫剤の登場となるのだが、最も安価で入手しやすい石灰石(Limestone)で不純物を除いたのである。
ただし、石灰だけでは脱硫効率が悪いために石灰石の15倍の効率の高いマグネシウム粉が研究された。ただしマグネシウムは還元力が強く、カメラのフラッシュや花火にも使われるくらいだから危険と隣り合わせだ。この誰もやりたくない発火性の高い爆発物を、安全な脱硫剤として技術開発したところにロンベルグ氏のノウハウが生きたのである。
安全操業のために大手鉄鋼工場の中にマグネシウム還元剤工場を建設しながらニッチトップを目指したのである。製鉄工場の中で安全性の高いマグネシウム粉末を安定供給したから競合相手に勝ち、利益率の高い経営が実現したのだ。
オーストリアはドイツに併合され第二次世界大戦後も旧ソ連からの脅威にさらされたが、かろうじて独立を維持した歴史がある。その結果、冷戦下にも東欧諸国への出入り口となった。ハプスブルク家のイメージが強いからオーストリアは音楽と観光の文化大国と思われる方が多いが、立派な工業国である。
一人あたりのGDPでは常に高位にあり産業面でも自動車産業や鉄鋼産業などが盛んである。また、1955年の永世中立宣言に対しては日本が最初の承認を行ったことから平和国家としてのイメージがある一方、陸軍と空軍を持ち徴兵制では18歳に達した男子は6カ月の兵役に服する。北大西洋条約機構には加盟していないが、欧州連合に加盟しており、それを通じた安全保障政策が行われている。美しいチロルの山々を背景に2日にわたってのロンベルグ氏との落ち着いた面談は彼の背伸びをしない自信から、古い成熟社会のあるべき姿を教えて貰ったような気になった。
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