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2009年8月11日

 例えば、無農薬米をつくる山形の農家を雑誌で知るや、すぐに会いに飛んでいく。醸造食品の卸販売をしている人の記事を読むと、やはり飛んでいく。そんな姿から、寺田は半端じゃないと、周囲が感じたのだろう。

 何より寺田自身が、病床で考えたとはいえ、よく切り替えができたと思う。儲け第一は行き過ぎとしても、社員や家族もあるんだし、稼ぐことも大事だと、逡巡しなかったのか。

 寺田は「どん底でしたから」と繰り返す。加えて寺田にとって、自分より飲んでくれる人のことを考えるほうが性にあっていたようだ。寺田は実父を「一代で上場企業を起こした人でしたが、私利私欲がなく、創業者利益は自分の懐に一切入ってこなかった」と振り返る。実父のことを語るときの寺田はうれしそうだ。

 自分らしく、楽しく、酒造りを始めた寺田。それは他人の得を考えた酒造りでもあった。生きる道筋がはっきりしたことで、寺田本家で酒を造りたいという人や共鳴する販売業者が現れ、ファンがつき、6年でやっていけると思えるところまできた。「自然の法則に添って生きると、神様が喜ぶ。だからツキもついてくる」。

 神様かどうかは筆者にはわからないが、欲や見栄という鎧を脱いで生きる人には、人を引き寄せる雰囲気が漂うのかもしれない。他人や世の中のせいにするのは、欲や見栄を捨てられないことの裏返しだ。「矢印を自分に向けて、自分に問題の根源があると腑に落ちたとき、すべての問題は解決します」。自分に問題があると気づいたから、周囲も寺田に乗ったのだ。

 自分に矢印を向けるのは、寺田ほどのどん底を経験しなければ難しいのだろうか。

 「そんなことないよ。後で気づいたんだけど、人間って愛の存在だと思うの。優しさや思いやりがあって、人に喜んでもらえることに自分の喜びがあるのが、そもそもの人間です。競争社会では、失うのが怖いから、愛に蓋をしているけれど、力も知恵も思いやりも、汗もお金も、持っているものを相手のために手放して空っぽになれば、いつか自分に入ってきますよ」

 そう生きてきた寺田の実感である。トラブルを相手のせいにするのではなく、むしろ相手に悪かったなと思いやれた瞬間に、それを感じて相手が変わると、寺田は言う。すべてを手放す勇気はなかなか持てないけれど、愛の存在として生きたいとどこかで思っているなら、それくらいはできそうだ。悪循環は、そんなきっかけで好循環になるらしい。(文中敬称略)

「WEDGE」2009年8月号

 

 


 

 

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