チャイナ・ウォッチャーの視点

2015年5月12日

»著者プロフィール
著者
閉じる

富坂 聰 (とみさか・さとし)

ジャーナリスト

1964年、愛知県生まれ。北京大学中文系に留学したのち、豊富な人脈を活かした中国のインサイドリポートを続ける。著書に『苛立つ中国』(文春文庫)、『中国という大難』(新潮社)、『中国官僚覆面座談会』(小学館)、『ルポ 中国「欲望大国」』(小学館新書)、『中国報道の「裏」を読め!』(講談社)、『平成海防論 国難は海からやってくる』(新潮社)、『中国の地下経済』(文春新書)、『チャイニーズ・パズル―地方から読み解く中国・習近平体制』(ウェッジ)などがある。

 軍に対する締め付けはこれに限った話ではない。2015年2月11日には、中国国内の主要メディアが〈全軍財務工作大清査〉という見出しをつけて報じたように、軍を対象とした全面監査、会計検査を行うと宣言しているのだ。

 対象となるのは2013年度と2014年度の2年度分で、具体的には「経費及び支出に不正がないかの精査」、「ニセ領収書が混じっていないかの審査」、「内部接待の状況の把握」、「予算外経費の管理状況の把握」、「経費流用実態の把握」、「(装備品などに関する)商標の偽造の有無」、「不正なプール金の有無」といった問題を焙り出すことが目的だとされた。

架空の訓練の取り締まりも

 一方、習近平指導下で軍に向けられた厳しい目は、金の流れだけに向けられたわけではなかった。軍内で蔓延る怠惰にもムチを入れてきている。

 例えば、架空の訓練の取締りである。これは軍内にある軍事訓練監査組をフル稼働させて、不正を取り締まるというものだ。軍事訓練監査組は、ビデオを回しながら各地の訓練をめぐり、不正を見つければ告発する。さながら架空の訓練を取り締まる憲兵のような存在である。

 そして組織が徹底した監査を行ってきたことの一つの成果として発表されたのが、瀋陽軍区の第40集団軍の機械化歩兵旅団(またはモーター化歩兵旅団)の不正訓練の摘発である。これを『人民日報』(2014年7月27日)が〈陸軍第40集団軍の某旅団で、319人の兵士・幹部が問責 ほとんどの兵士が架空の訓練実績を報告していた〉というタイトルで大々的に報じたのである。

 こうした現実が郭伯雄の身柄拘束という裏側でずっと起きていることをみれば、「江沢民派の排除」などという一言で片づけられるものではないことは明らかだろう。

大衆を味方につけることがカギ

 では、なぜ習近平だけがこれほど大胆に党の実力者や軍に切り込むことができたのだろうか。

 その最も重要な理由は、まず習近平が過去2名の指導者(江沢民と胡錦濤)とは違い、国民のリーダーとなりえたことだ。言い換えるならば、江沢民と胡錦濤は共産党内で選ばれたリーダーであっても国民の信任を得たとは言い切れなかったということだ。

 よく誤解されることだが、中国の主役は共産党ではなく人民である。中央で権力を失った毛沢東が文化大革命で復活できたのも、毛沢東が大衆をつかんでいたからである。

 もし真に大衆を味方につけることができれば、党内で多数派を形成することなど何の意味も持たない。その権力の本質を見抜いていた習近平は、就任直後から「民生重視」を掲げ、反腐敗とぜい沢禁止令で民心をつかむことに力を傾注させたのである。
 

  

関連記事

新着記事

»もっと見る