滲む対中脅威認識
以上のカラガノフ教授のインタビューは、いわゆる中国脅威論を濃厚に意識したものと言えよう。とはいえ、その趣は我が国におけるそれとは若干異なっている。日本における中国脅威論が日中の衝突に関するそれであるとするならば、ロシアのそれは中国への従属に対するそれである。経済力はもちろん、国際的な発言力でも、部分的には軍事力でも劣勢になりつつあるロシアが如何にして中国の「ジュニア・パートナー(格下のパートナー)」化されることを避けつつ付き合って行くのか、というのが本インタビュー前半の核心と言ってよい。
この点について、半ば公人であるカラガノフ教授は、表向きは中国が脅威でないと強調している。(根拠は不明ながら)中国が覇権国家化する危険性はなく、中国のシルクロード経済地帯構想はロシアのユーラシア経済同盟構想を脅かすことなく協調できるというのがカラガノフ教授の主張だ。
だが、「ジュニア・パートナー」化への危険性は決して否定されていない。そこでカラガノフ教授はロシアが経済停滞から脱して国力を回復することの重要性を指摘するが、昨今の原油安がかつてのような高水準に戻ることは当面想定しがたく、したがって、ロシア政府の歳入のおよそ半分を占める石油・天然ガス収入もかなり目減りした状態が続くことを覚悟せねばならない。
かといって、カラガノフ教授の言う経済政策の転換もまた困難である。メドヴェージェフ政権は「イノヴェーション」のかけ声の下に原油頼みの経済構造から製造業やハイテク産業の育成を図ったが、結果的には大きな成果を挙げることはなかった。しかも、プーチン政権の進めた軍改革で軍や軍需産業は政権への反発を強め、ウクライナ危機後は軍の発言権が強まった結果、イノヴェーションに振り向ける資金は膨らみ続ける軍事予算(その行き先はソ連時代以来の重厚長大産業)へとつぎ込まれている。
ロシアの「相対化」戦略
こうなると、ロシアが中国に過度に引き寄せられることなく、一定の対等性を確保する方法としては、カラガノフ教授の言う第2の方向性の比重が俄然高まろう。すなわち、中国との関係は強化しつつも、それ以外の多角的なパートナー関係も同時に発展させて中国への依存度を軽減ないし相対化することである。
インドのように中国と戦略的ライバル関係にある大国や、南シナ海において中国との領海問題を抱えるヴェトナムを強化すべきパートナーとして挙げているのは偶然ではあるまい。これまでロシア政府が公表してきた対外政策文書においても、ロシアは中国との関係性を重視する一方、これをインドやブラジルなどを交えた多国間枠組みで強化する方針を打ちだして来た。
また、カラガノフ教授は(おそらく意図的に)「朝鮮」というぼかした表現を用いているが、ロシアは近年、韓国だけでなく北朝鮮とも経済的協力を強化している。北朝鮮と中国の関係が冷え込む中、その空白をロシアが埋めつつある格好だ。