いつの時代も隣の芝生は青く見え、隣の会社はよく見えるもの。そうした“無いものねだり”から脱却するには、一人ひとりが主体性をもって物事に接することが大切である。
政治も同じである。政権交代がなされてこれから国政の建て直しが始まるわけだが、しかし政治は当選者だけがつくるものではない。国民一人ひとりが主体性をもって意見を表していくことが大切である。
『葉隠』の序文は、他所ばかりに目をやらず、黙々と自分たちの“国学”を磨き、甘えを断ち切るべきと説いている。
凶器にもなりうる“自由”
戦後の日本は右に左にと大きく揺れ動いた。自由・平等・民主という言葉がすべての免罪符として使われた。そのために、自分の置かれている立場を忘れ、直訳の言葉に振り回されすぎたのではあるまいか。自由とか平等とかは、それ自体人間の生存にあたって、極めて貴重なものである。しかし、置かれている時と場を考慮なしに使うと、凶器に変わることさえある。そのことを『葉隠』の序章にあたる「夜陰(やいん)の閑談」は、国学という表現をつかってふれている。
鍋島藩のご家来であるからには、国学、すなわちお家の伝統、精神をよく心得ておかねばならない。最近は、特にこのことがおろそかにされている。その主旨は、まずお家の成り立ちを知り、ご先祖方のご苦労とご慈悲により、お家が栄えてきたのだということを心にきざんでおくことである。鍋島家は、竜造寺(りゅうぞうじ)家兼(いえかね)公のご武勇とご仁心、鍋島清久公のご善行とご信心のおかげにより、竜造寺隆信公、鍋島直茂公などのご名君が出現され、そのお力によってお家は隆盛をきたし、今日まで較べるものがないまでに立派に続いているのである。近ごろの者は、このようなことを忘れてしまい、よそさまのことばかりをありがたがっている。われわれにはどうしても納得がいかない。
釈迦も孔子も、楠木も信玄も、どれほど立派であろうとも、鍋島家に仕えたことがないのであるから、その教えがそのまま当家の家風に合うとはいえない。平時でも戦時でも常にご先祖を敬い、その教えをまもっていれば身分の上下にかかわらず、十分たりるのである。さまざまな宗教・学問・技芸にあっては、それぞれ の本尊・本家を尊ぶことは当然であろう。しかし、ご奉公の道にあってはよその学問は不必要である。藩の伝統、精神をよく身につけた上でならば、他の道を学 ぶのもよい。しかし、よくよく考えてみればわが藩の学問だけで十分である。
いまかりに他国の者から竜造寺・鍋島家の成り立ち、竜造寺の領地が鍋島領となった由来、さらには、『竜造寺・鍋島は九州きっての武勇の家とうかがっているが、どのような武功をたてられたであろうか』と問われた時、藩の知識がない者には一言半句の答えもできないだろう。
さて、お家にご奉公する者の本分はといえば、自己の職責を果たすこと以外にはない。ところが多くの者は、自分の職責を嫌い、他の部署にばかり関心をもっている。これは考え違いで、大変な失敗をおかすもとである。…(中略)…