俗世の汚れを洗い流してくれるような、それでいて新鮮な美味でもある、高野山の精進料理。あるいはその対極、俗世の極致のようなコテコテ、なのにたまに食べたくなる魔味、和歌山ラーメン。新鮮な海の幸もよろしければ、それを寝かせた新宮あたりのなれずしも。
きりがないので、この辺で止めるが、和歌山には「それを食べるためだけに」出かけたくなるような、美味珍味がいっぱいある。
ところで、私にはそれ以上に思い出したらむずむずしてくるような、夢に出てくるような、特別な場所がある。特別な美味が。
ただ、何も説明せずに、人をそこに連れて行ったら、「何故、こんなところに?」と言われるに違いない。かくいう私自身がそうだった。
店の名を「まかない亭」という。それで想像がつくとおり、料亭、割烹なんぞという店ではない。お世辞でも何でもなく、食堂という言い方がふさわしい。あるいは定食屋。
私を最初に連れて行ってくれたのが、食いしん坊なら誰でも知っている、グルメ雑誌の編集長だったのだが、説明されても、何故、定食屋にと思ったものだ。高野山の宿坊からの帰り、お昼にちょっと寄ろうというところだったもので、怒りはしなかったが。
暖簾をくぐって、一瞬の疑問の後、置いてある調味料などを見て、「!」と思った。
角長(かどちょう)の「湯浅たまり」と「三ツ星醤油」。
「お造りに角長湯浅たまり。卵ご飯、豆腐、おひたしに三ツ星醤油」
そんなことがご丁寧に書いてある。御意。まさにぴったりだ。共に地元、和歌山で名高い醤油である。さらに横には、タカハシのウスターソースとトンカツソース。有機JAS認証などの、真っ当な調味料と知られている。
こんなものを置いている定食屋がふつうの店であるはずがない。はたして、焼き魚に冷や奴、煮浸しや漬物と味噌汁、ご飯と選んだものがどれもよろしかった。
三ツ星の店で唸るという美味しさではない。どれか一つの名物が突出している、というのでもない。ご飯も味噌汁も、それからおかずも全体として、しみじみと真っ当なご飯を食べたと満足させられるようなものなのである。滋味。このような美味しさもあるのだと、新しい天体発見の想い。