江藤哲郎のInnovation Finding Journey

2015年9月5日

»著者プロフィール
著者
閉じる

江藤哲郎 (えとう てつろう)

ベンチャーキャピタリスト

 鹿児島県出身。1984年慶應大商学部卒業。同年(株)アスキー入社。86年マイクロソフト(株)設立に参加し、マーケティング部長代理としてWindowsコンソシアム、マルチメディア国際会議等を立ち上げる。

 92年(株)電通入社後、デジタル・コンテンツの開発とビジネス化を推進。2002年から情報システム局でSAPアジア共通会計システムを中国・アジアの30拠点に導入他、国内外の全システム開発を担当。2013年から経営企画局専任局次長として、電通が約4,000億円で買収したイージスとのグローバルIT統合の責任者。

 2015年7月、ワシントン州カークランドにInnovation Finders Capitalを設立。AI、ビッグデータ等スタートアップを日本と繋げる。家族は妻と一男。
 

 私の興味は他にもあった。アマゾンである。業容は大きく次々とイノベーションを生み出すが、利益のさほど出ていない同社はどうしてこの位置にいるのか? これもあるマイクロソフティーから聞いた話で、これが主因ではないだろうが、CEOのジェフ・ベゾスはNYの高級寿司店によく現れ一本数千ドルもするワインを振舞うという。お相手は経済紙記者や証券アナリストで、IRに余念の無い同社はこういう努力もしている。ジェフのスピーチやプレゼンは分り易く上手いとよく言われるが、それが結果的に株価に寄与しているのは事実だろう。

ジェフ・ベゾフ(iStock)

  こう書くともう一点気づくのが2.0の新5強の本拠地分布で、シリコンバレー3社、シアトル2社である。フェイスブックはボストン出身なので、ボストン0.5社とシリコンバレー2.5社と言ってもいいかもしれない。因みにシアトルの2社は意外なところで協力関係にある。マイクロソフトのもう一人の創業者ポール・アレンは、最近戦艦武蔵の引き上げで日本でも一躍注目の人となったが、再開発を進めるシアトル市街地の大地主でもある。ポールは所有地である同市北東部の広大な土地をアマゾンに貸していて、そこにアマゾンのコーポレート・ヘッドクオーターがある。

ポール・アレン © naonori kohira

 ところで、日本ではマイクロソフト創業者ビル・ゲイツは有名だが、ポール・アレンは知られていないかもしれない。かくいう私は勿論マイクロソフト時代にビルとスティーブとは何度も仕事をしたし思い出もある。東京でビルのインタビューの取り仕切りや通訳をしたし、スティーブがレドモンドの本社で日課のジョギングをしているのに遭遇したことも多い。しかしポールには一度も会っていない。ポールは当時出社していなかったのだ。

 ポールはビルとシアトルで同郷。高校時代に二人で起業した別のベンチャーでワシントン州の交通システムを開発するなどしていた。1970年代にシアトルでは、高校生が起業した会社に州がシステム開発を発注していたのだから驚愕である。何故シアトルではベンチャーが育つのか、こういった風土にも答えがありそうだ。

シアトルの街並み © naonori kohira

 その後、ポールはハーバード大に通うビルに持ち掛け今度はマイクロソフトを共同創業し、ニューメキシコ州アルバカーキでMITS社のアルテアにBASICを移植するという作業を行っていた。このプロジェクトの成功によりそれまでマイコンと言われていた「ただの箱」にソフトウェアという命が吹き込まれ、時代はパソコンへと大きく動いていく。

 畳み掛けるように、シアトル・コンピュータ・プロダクツ社に働きかけ、MS-DOSの原型となったQDOS買取りを先導したのも彼だ。それらの立役者であり上げ潮の真っただ中にいたポールだが、ホジキンリンパ腫と診断され長く闘病生活をおくることになる。1983年に一旦退社後ハイパーカードの開発を行っていたが、なんとホジキンは誤診と判明。その後マイクロソフト復帰、再退社を経て、現在は6つの財団を配下に置く稀代の投資家である。

大手をディスラプトする「ユニコーン銘柄」

 話を元に戻そう。今年3月3日のWSJ紙MONEY&INVESTING(分冊)のヘッドラインは、

 「Nasdaq 5000 Is No Rerun」

 同日USA Today紙は、

 「THIS ISN’T YOUR FATHER’S NASDAQ」

 「It should continue to increase confidence」

 である。2.0は1.0の再来ではなく、今のミレニアル・ジェネレーションの父親の世代の熱狂とも違い信頼感を増している、という論調だ。そこには極めて冷静なトーンで2.0を見つめつつ、IT銘柄に信頼感を取り戻した市場の感触と関係者の自信が窺える。

 思えば1.0では気の利いたビジネスプランだけでIPOした所謂ドットコム・ベンチャーもいたが、利益をあげられず継続してキャッシュフローをもたらす事の出来ない企業はすぐ消えていった。当然である。現在は利益を出していることは勿論、社会的に大きなニーズがあり更に既存の大手をディスラプトする様なスタートアップが増え、それらは上場前でも莫大な企業価値を持ちユニコーン銘柄と称される。

 米国の新興市場は1.0に皆が学んだ上で今の2.0を迎え、それが大きなうねりとなって産業構造を変え世界経済をも引っ張っていく。日本でもIPOラッシュであるが、米国銘柄と規模の違いもさることながら赤字のままの企業も目立つ。この15年、残念ながら彼我の差は拡大したのかもしれない。

  
▲「WEDGE Infinity」の新着記事などをお届けしています。

関連記事

新着記事

»もっと見る