たとえば、園児を引率して野山を散策する時。先生が“木苺”や“のびる”などを見つけては、子どもたちに「これは食べられるのかな?」「こうすれば食べられるよ」と声をかける。すると、子どもたちは「これは食べられるかどうか」という興味のフィルターを持って野山を歩くようになる。すると“ただの散歩”が「食べられるもの探し」の冒険へと変わっていく。
また、風の谷幼稚園ではトマト、なす、きゅうりなどを子どもたちに栽培させている。その栽培した作物、たとえばトマトは、そのままかじって食べたり、サラダで食べたり、なすとベーコンと重ね焼きにして食べたり…と、同じ食材でも、できるだけ多くの方法で食べてみる。これによって、子どもたちの食に対する関心を高めるとともに、先生と子ども、そして子ども同士の話題も作られる。
さらに、イナゴや芋がらなども食べる。これは“意外なもの”を食べることで、食に対する関心を高めていこうという狙いだ。
「好き嫌い」という発想はない
食べられるものを増やすことが大切
では、このような指導に子どもたちはどのような反応を示すのだろう? たとえば、子どもには好き嫌いがあることが多い。子どもたちはすべての食べ物を受け入れるのだろうか? また、「嫌いだ」という子どもにはどのように対処しているのだろうか?
「そもそも、『好き嫌い』っていう発想を風の谷幼稚園ではしていないので、それを直そうという発想がありません。あくまでも、『食べられるものを増やしてあげること』と、『おいしいね』って共感する機会を増やしてあげることが第一ですから」(天野園長)
風の谷幼稚園では、無理強いして食べさせたり、細かく刻んで子どもが気付かないようにして食べさせる、といったことは一切しない。その代わり、「嫌いだ」といっている子どもに先生が「でも、においだけでもかいでごらんよ」とか「ちょっとだけでも舐めてごらんよ」と声をかける。すると、その子どもはにおいをかいでみたり、舐めてみたりする。そこで「ほら、いいにおいだったでしょ?」とか「舐められてよかったね」と先生が声をかけて周りが喜んでやる。すると、本人も周りが喜んでくれることでいい気分になる。この一連のプロセスが、子どもの「受け入れる心」を育てることにつながっていくという。
「極端な話をすれば、アレルギーなどは別として食べ物の好き嫌いが原因で“いのち”を落とすということは常識的に考えればありません。もしも、ある食べ物が嫌いだったら、別の食べ物で必要な栄養素を摂ればいい。むしろ教育的に大切だと思うのは、この食事の機会を『受け入れる心』を育てる機会にしてゆくということです」(天野園長)
食という行為を通じて、“いのち”を維持し、好奇心を高め、味覚を育て、「自分のことは自分でできる」という自信をつけ、他人と感動を共有する機会を得る。さらには「受け入れる心」を育んでいく。
ライフスタイルの変化に沿って、食事がエサ化しつつあるという疑念を感じる現代。手軽さや便利さと引き換えに失われるものを見つめ、それが子どもにとってどういう影響を及ぼすかを考え抜く。これは食に限った話ではないのだが、風の谷幼稚園では12年間、そして毎日、このような思考が続けられているのである。
次回は、生活力の2つめの項目である「衣服の自立」について見てゆこう。
※次回の更新は、10月23日(金)を予定しております。
風の谷幼稚園
園長・天野優子氏が、理想の幼児教育を実現するためにゼロから建設に乗り出す。様々な困難を乗り越え、1998年に神奈川県川崎市麻生区に開園。「人間が人間らしく、誇りを持って生きていく」ための教育を実践している。
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