「売却しても、他の施設に移ればいいだけではないか」という声も挙がってきそうだ。しかし、「ここは日本ではないから、そうはいかない」と話すのは、臨床心理学博士の池田啓子氏。「アメリカにも敬老以外に、日本人経営で日本人スタッフがいるリタイアメントホームはある。しかし、看護施設がないケースや、日本語を話すスタッフがいない、日本食がない、日本人ボランティアによる生け花や折り紙などのアクティビティがない」。アメリカ人経営のリタイアメントホームに移った日本人もいる。「しかし、ボランティアスタッフによるアクティビティがないため、結局、孤立してしまった」と話す。
現在、「敬老」の居住者の70%が65歳以上が受けられる健康保険「メディケア」や「メディカル」に頼って生活をする。「実際、看護施設の居住者の家賃は、年間約7万7000ドル(約900万円)かかる」と池田氏。彼らは、このような保険で「敬老」で生活をしているわけだが、営利目的の施設になると、メディカルではほとんど利益が得られず、受け付けない施設も多いという。「日本人なら、日本へ帰国すればいいのでは」という声も聞こえてきそうだ。しかし、多くの居住者は、すでに日本に家族がいない、家を売却している、未亡人であるなどの状況だ。
「敬老」の開発&広報部長のオードリー・リーサン氏は、次のように話す。
「『敬老』の売却は、2016年初旬に行われる予定。州司法長官は、2015年9月2日に売却を許可し、2015年11月5日には書式によって再度、許可している。売却は、『敬老』の使命に則ったプログラムとサービスを通して、日系人コミュニティの高齢者の幸福につながる利益をもたらすだろう。『敬老』は、今後、我々のコミュニティの高齢者やその家族の健康と幸福のために、よりよいプログラムを拡大する予定。敬老理事は、来年まで続く戦略計画を開始し、将来もコミュニティのニーズに応え続けることを約束している」
なお、売却による利益の3700万ドルは保護基金に入れ、利息だけが「元気リビング・プログラム(記憶力を向上させるための講座などさまざまな講座)」を推進するために使用される。賛成派の意見としては、このような声が挙がる。「時代と共に人々のニーズは変化するから、仕方がない」「英語が主流の日系3世、4世の人たちにとって『敬老』は必ずしも必要な施設ではない。むしろ、英語のほうが楽だから、売却は当然のこと」。
売却は止められるのか?
カマラ・ハリス司法長官事務所の報道官、レイチェル・ヒューネッケンス氏は、「敬老」売却に賛成の立場を取ることに対して、このように答える。
「『敬老』は、歴史的また文化的な重要性を持っているといっても過言ではない。日系人は、そのクオリティや文化的に配慮されたケアを提供する『敬老』に頼ってきた。このため、司法長官事務所では、日系人コミュニティに対して、引き続きクオリティの高いヘルスケアを確証することに賛成の立場を取っている。懸念の声が多くなっていることも聞いているが、だからこそ、『敬老』に頼る人々のヘルスケアのニーズに応えることを確証する努力を、積極的に行っている」
しかし、州司法長官は、「敬老」の居住者に対して何らかの保証をすることが仕事ではなく、売却を許可するかどうかの決断のみだ。
また、売却後、「敬老」の居住者は5年間は保障されているが、それ以降の保障はない。さらに、「パシフィカ」は高齢者ケアの専門業者ではなく、不動産業者であり、現在の「敬老」が所有する土地は今後、都市開発が進むといわれている地域にある。それを安値で入手したため、「敬老」を手放すことはないといわれ、今後は、裁判が予想されている。
「敬老を守る会」執行部は、2015年8月に池田氏を含む4人で発足され、現在10人で運営。「この4カ月半で約1万7000人から嘆願書に署名をもらい、政治家にも興味を持ってもらうことができた」と池田氏。また、「敬老」を守る会執行部は、州司法長官に訴訟を起こせるように、今年1月13日に非営利団体に申請されたばかりだ。
「公開記者会見には約300人が集い、アメリカの4大テレビネットワーク『ABC』など、数多くのメディアも参加。現在は、弁護士の助けも得られたが、2週間前にはなかったこと。さらにポジティブな展開を見せている。このまま前進していくのみだ」と、「敬老を守る会」執行部、松元健氏。ここからどのような展開が見られるのか、今後の動きに注目が集まる。
▲「WEDGE Infinity」の新着記事などをお届けしています。