2024年4月25日(木)

Wedge REPORT

2016年1月29日

amputee boy-けんちゃん-

 名取洋之助写真賞の受賞作品のタイトルは、「amputee boy-けんちゃん-」。アンプティサッカーとは、30年以上前にアメリカの負傷兵が、松葉杖をついてプレーするサッカーをリハビリテーションとして始めたのが起源といわれる。フィールドプレイヤーはけんちゃんのように主に片足の切断者であり、病気や事故で片足を失った人が、日常生活で使われる通常の松葉杖「クラッチ」をついてプレーする。また、GKは主に片腕の切断者である。日本には2010年に導入されており、鳥飼氏は知人の紹介で、2014年10月に行われた日本選手権で初めてアンプティサッカーを撮ることになった。

アンプティサッカー日本選手権2014、決勝の延長戦に登場した小学生プレイヤーけんちゃん。競技としての楽しさを感じたアンプティサッカーをさらに追いかけたい気持ちが強まった(撮影:鳥飼祥恵)

 「私の中では、障がい者スポーツを撮っているという意識はないんです。アンプティサッカーは迫力があって、初めて見た時から競技として面白いなって思ったんです。その中に、けんちゃんがいたんですよね。子どもの成長って早いので、彼を長く撮ることができれば、と思って、お母さんに撮影のお願いをしたんです」

 鳥飼氏は2015年3月から、けんちゃんの撮影を始め、現在、彼女はFCアウボラーダ川崎の練習に毎週通っている。川崎には、日本にアンプティサッカーを普及させるきっかけを作った元ブラジル代表のエンヒッキ・松茂良・ジアス選手がおり、大会では常に決勝戦に駒を進める強豪チームである。

 「鳥飼さんには、毎回FCアウボラーダの練習に来ていただいて、素晴らしい写真を撮っていただいています。彼女の活動によって、改めてアンプティサッカーの魅力を感じることができますし、世界中に日本のアンプティサッカーのアピールができるので、本当にありがたいと思っていますし、感謝しています。時々一緒にボールを蹴るのですが、ピッチ外からだけでなく、ピッチ内でもチームの一員として参加してくれているのが、とても嬉しいです」とエンヒッキ選手は話している。

 11月に行われた日本選手権では、川崎はFC九州バイラオールに敗れ準優勝に終わった。もちろん撮影に訪れていた鳥飼氏だが、閉会式の後、『先生、一緒に撮ろう』と呼ばれ、川崎の選手やスタッフと一緒に記念撮影をしていた。そんな姿を見て、チームのメンバーとして受け入れられているから、写真からも気持ちが伝わるんだろうな、と思った。インタビュー時に今回受賞した作品を見せていただき、その時のことを思い出した。

アンプティサッカーとの出会いがもたらした希望

川崎のエースであるエンヒッキ・松茂良・ジアス選手は、5歳の時に交通事故で片足を失ったが、18歳でブラジル代表としてアンプティサッカーワールドカップに初出場。現在は、日本代表として世界一を目指している(撮影:鳥飼祥恵)

 けんちゃんこと石井賢君は、現在小学3年生。小学1年生の春、交通事故で片足を失った。「3ヶ月の入院生活中に、素敵なお友達ができて案外普通だった」と母親の督子さんは語る。退院してすぐ、学校でアンプティサッカー日本選手権2013のチラシが配られ、家族で観戦した。「息子は、チラシが配られた日に、『見に行きたい』ではなく、『このチームに入りたい』とはっきり言ったんですよね。

 初めてアンプティサッカーを見て、私は驚きとともに、頑張れば何でもできそうだという希望が持てました。『息子には何でもチャレンジさせたい』という思いがありながらも、事故の後は、『これはちょっと無理なのでは。こんなことをしたら、今度は歩けなくなるようになってしまうのでは』という、相反する気持ちが常にありました。でも、アンプティサッカーに出会い、アウボラーダ川崎のメンバーと知り合って、もっともっと色々なことにチャレンジしていかなきゃと思えるようになれたんです。私のためらいがなくなり、気持ちを切り替えることができたので、息子も色々とチャレンジしてくれるようになりました。子どもが小さいと、やはり自分の意思だけでは行動できないですよね。子どもの気持ちと一緒に、親の一歩を踏み出す勇気が大切なんだな、と思うようになりました」

AFC Bumblebee千葉の福田柚稀君と。チームは違うが、大会やイベントで顔を合わせ、大好きな友達になった(撮影:鳥飼祥恵)

 FCアウボラーダ川崎のメンバーは、スタッフも含めて大人しかいなかった。そんな中に小学生が一人混じってどうなるのかと心配した督子さんだが、それは杞憂に終わったという。「あっという間にチームに慣れて、『今日は行きたくないな』と言うこともなく、練習にもちゃんと行っています。実際、練習では途中で飽きてしまったり、疲れてさぼることもありますが、最近はそれも少しずつ減ってきたように思います。また、イベントで同じ年頃の子どもが来ても話すことはなかったのですが、少し前から話すようになり、連絡を取り合う友達ができました。これは大きな変化だと思います」


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