2024年12月22日(日)

Wedge REPORT

2016年1月24日

大宅壮一ノンフィクション賞受賞作『気がつけば騎手の女房』をはじめ数々の人物ノンフィクションを上梓、インタビューの名手として知られる作家・吉永みち子氏の、相手の心をつかむ、動かす、本音を引き出す「コミュニケーションの極意」とは。

どこで口火をきるか

 インタビューで出会うのは、職業もその背景も実に多様な人たちです。どういう答えが返ってくるかわからないし、その答えが想像と違っていても、受け止めて返していかなければならない。話を聞きながら次はどうしようかと常に考えていなければならないんですね。何を聞こうかとあらかじめ構成を立てていると、そこから話がそれたときに途方にくれる。流れが崩れるから再構築しなければならない。取材はなかなか予想どおりにはいってくれないものです。
でも、生身の人間同士が向き合うのですから、そんなに予想通りにいったら逆に気持ちが悪い。相手側から事前に質問事項を提出するように求められることもありますが、当たり障りのないものを出しておいて、現場では全く別のアプローチをすることが多いですね。

吉永みち子氏(写真:岡本隆史)

 最も気を遣うのは、最初の一言をどこから入るかということ。コートを着ている人にはとりあえず脱いでもらわなければならないわけですから、出会い頭の一言というのは質問とはまた違って、どこで口火をきったらその人に一歩近づけるかという感触を得るためのもの。なるべく早い時点で相手がこちらを向いてくれないと、経歴をなぞっているだけでインタビュー時間が終わってしまいます。この人の場合ここから入るとそっぽを向かれそうだとか、とりあえず気持ちをほぐしてもらうにはどうするかとか、原稿とは全く関係のない部分ではあるけれど、そこが重要でいちばん時間をかけてぎりぎり取材直前まで考えることかもしれません。

気持ちが切り替わる瞬間をとらえる

 たとえばある分野の専門家などで、こちらが門外漢だからなのか、取りつく島もないような人とか、質問に対して単語でしか答えないぶっきらぼうな人もいます。そんな人が、何かが「落ちた」ように途中でふっと気持ちが切り替わる瞬間があるんですね。その手ごたえを感じた瞬間を逃さずにとらえて、そこから一気に走り出すわけです。そういうチャンスがなるべく早いタイミングでやってくればありがたいけれど、そうではないときには次の手をどう繰り出すか、頭の中は高速回転です。

 逆に、こちらが思っていた以上のことを思いがけず相手が話してくれることもあって、そんなときには配慮が必要になります。気持ちを許して話してくれたこと、互いの信頼関係の中で出てきた言葉を喜び勇んで原稿で使ってしまうと、インパクトはあるけれどちょっとルール違反という気もするわけです。同じ言葉を使わなくても、そのときの気持ちがどうだったのかということさえわかれば、いくらでも表現はできるものです。言葉が強すぎると誤解を招くこともあるので、その点は人を描くときには気を遣いますね。

相手が打ち返せる球を投げる

 大学卒業後に就職したのは競馬専門紙の会社。男ばかりの職場です。初出勤の日くらいはスカートをはいて行くよう母に言われたのでそうしたら、編集部のある2階への階段がはしごのような横板のない階段。スカート姿で上がっていったら、「おねえちゃん」と呼ぶ声が聞こえた。立ち止まったら、はしごの下に印刷工の方たちがいっぱいいたんですね。これが駅の階段なら「痴漢!」と叫ぶところですが、この人たちは職場の同僚です。どう対応したらいいか一瞬戸惑いましたが、これ以上の被害拡大はないだろうと思って、とっさに「タダで見ようと思うんじゃないよ!」と。


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