独特の存在感と振幅の広い柔軟な演技。人気番組のイメージにも縛られることなく観る者を痛快に裏切り続ける自由さは、俳優という生き方に対する絶妙の距離感がもたらしたものだった。
ボタニカル柄のスーツ。しかも半ズボン。さらに紫色のタイツ。前髪を短く切り揃えたおかっぱ頭。浅田次郎原作の映画「王妃の館」で水谷豊が演じる作家・北白川右京のいでたちである。「えっ!?」という驚きの気配で試写室の空気が固まるのが感じられる。え?これがあの水谷豊? <あの>という堅固なイメージは、おそらくテレビドラマ「相棒」で水谷が演じる杉下右京の隙のないスタイルであろう。これが<あの>杉下右京の<あの>水谷豊か? という複雑に絡み合った驚きの中、ストーリーがまた複雑に絡み合う。豪華版と格安版のパリツアーの一行が最高級ホテル「シャトー・ドゥ・ラ・レーヌ」(王妃の館)の同じ部屋を夜と昼で分けて使うありえない旅。ポジ旅行とネガ旅行。表と裏。本来絡み合ってはいけないものが徐々に絡み合う。裏に通じる穴をあけるのがポジ旅行組の作家・北白川右京の好奇心で、そのほころびから作家に降りてくる物語が17世紀のルイ王朝時代を舞台に展開される。表と裏、光と陰、現在と過去が劇中劇を交えて笑いの中に展開していく。
「いつかシチュエーションコメディーをやってみたいという思いが、『少年H』の撮影が終わったころから強くなっていて、そんな時に『王妃の館』の原作を読んだんです」
そう語る目の前の水谷豊は、春らしい明るいピンクのジャケット。どっちも強烈な両<右京さん>から、視覚的には同じくらい離れていて、おかげでニュートラルの立ち位置が確保できる。
「北白川右京が誕生したのは雑誌で連載が始まった1998年で、杉下右京がテレビに登場したのは2000年ですから、実は北白川右京のほうが早いんですけどね。『王妃の館』はパリが舞台で、ヴェルサイユ宮殿やルーヴル美術館なども出てくるので、映画にするのは難しいといわれていたんですが、困難だからこそやってみたいという思いもありますしね」