「居酒屋もへじ」の店主や、時代劇「だましゑ歌麿」の喜多川歌麿さえ、つい杉下右京を思い出してしまうという人が多い。もはや国民的番組ともいえる「相棒」で、それだけ強烈なキャラクターを作り上げたということなのだろう。
「それぞれの役を工夫して変えているという意識はないんです。別のキャラクターとして設定することがないんです。役になりきるってこともないですね。まだ知らない自分がいて、毎回初めての自分に会うような感じで、自分に飽きないですね。何が出てくるかわからないから」
そうだったのか……。杉下右京が顔を出しているのではなく、何を演じても<水谷豊>が役柄を突き破って顔を出していたのか。モノクロームが反転したら、違う絵が浮き上がってきたような気分。それこそが水谷豊の姿のような気がして思わず目を凝らしてしまう。
「あのね、僕、まだ本気出してないんですよ。毎回、本気ってこれかと感じながらやっているんですけど、終わった時、本気出してなかったような気がするんですよねえ。これが本気というものか! ってのを死ぬまでに実感してみたいですね」
本気など出したら、水谷豊が終わっちゃうんじゃないのかという不安が一瞬走る。と、すかさず「本気なんか出すんじゃなかった、なんてことになったりしてね」と軽やかな笑いが返ってきた。
この春には、自ら選曲した昭和ポップスのカヴァーアルバムも発売された。
「俳優がバイトですから、歌手はパートタイムみたいなもんですかね」
いかにも面白そうにそう言った。水谷の余白は健在、いや、ますます柔軟に広く深くなっているのかもしれない。
水谷 豊(みずたに・ゆたか)
1952年、北海道出身。68年、ドラマ「バンパイヤ」で初主演。以降、「傷だらけの天使」「熱中時代」など出演ドラマが話題をよぶ。ドラマ「相棒」は今年で15年目を迎え、同シリーズの劇場版もヒット。13年には主演映画「少年H」がモスクワ映画祭で特別作品賞を受賞。今年4月公開の映画「王妃の館」では初めてコメディーに挑戦している。
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