この熱き人々

2015年6月16日

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吉永みち子 (よしながみちこ)

1950年、埼玉県生まれ。85年、『気がつけば騎手の女房』で大宅壮一ノンフィクション大賞を受賞。著書に『母と娘の40年戦争』(集英社文庫)、『怖いもの知らずの女たち』(山と溪谷社)、『試練は女のダイヤモンド』(ウェッジ)などがある。

 衣装は、最初に原作を読んだ時にイメージが浮かんでいたというが、ぶっ飛び方がハンパじゃない。打ち合わせの折に、水谷がイメージをイラストにして、それを基にデザイナーが作り上げたのが花柄スーツに半ズボンスタイルなのだという。

 「いい裏切り方をしたいという思いはありますね。ひとつ間違うとわけがわからなくなるギリギリの勝負が、僕は好きなのかもしれません。結果はご覧になった方に委ねるしかないですねえ」

 それにしても、水谷がシチュエーションコメディーを求めていたというのも、相当に意外性があるように感じられる。アメリカでは専門チャンネルがあるほどだが、日本では「何それ?」という反応が多い。

 「子どものころ、チャップリンが大好きだったんです。子どもって、動きや表情や目の前で起きていることに惹かれるでしょ。小学校の高学年のころ、読書感想文を書く宿題があってチャップリンの伝記を選んだんです。とても不幸な生い立ちで、大きな社会的なテーマを取り上げていたんだと本を読んで知りました。ユーモアって、そういうところにもあるんだって思いました」

「不思議の箱」への好奇心

 水谷の俳優としての原点は、チャップリンだったのか……と納得しかかったとたん、「俳優になりたいと思ったことは一度もなかった」というまさかのひと言。プロフィールにはたしか12歳で児童劇団に入団とあった。ということは普通、将来は俳優希望か芸能界を目指したということになるのでは? しかし「チャップリンが好き」と「チャップリンのようになりたい」ということは、水谷の中では単純に結び付いていなかったということになる。

 「小学生のころ、テレビが家の中にやってきて、とにかく不思議でねえ。あの箱の中に自分も入ってみたかったんです」

 テレビに出たいというのではないらしい。不思議な箱の中を覗きたいという少年の好奇心が求めたのは「どこでもドア」的な扉だったのかもしれないが、なぜか児童劇団という極めて現実的な扉を開けてしまったという、ドア間違い。

 「近所にとてもかわいがってくれるおばさんがいて、加山さんっていうんですけどね、加山さんに話しちゃったみたいで、ある日、加山さんが僕に児童劇団のパンフレットをくれたんです」

 12歳。小学6年生。加山さんは「箱の中に入りたい」を「テレビに出たい」と解釈し、親切に劇団という道を教えてくれた。児童劇団に入ってみると早速エキストラで箱の中には入れた。が、何か違う。こんなに大勢で一瞬じゃ、確かな入った感がない。

 「次にオーディションというものを受けてみたら、受かっちゃったんですよ」

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