この熱き人々

2015年6月16日

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吉永みち子 (よしながみちこ)

1950年、埼玉県生まれ。85年、『気がつけば騎手の女房』で大宅壮一ノンフィクション大賞を受賞。著書に『母と娘の40年戦争』(集英社文庫)、『怖いもの知らずの女たち』(山と溪谷社)、『試練は女のダイヤモンド』(ウェッジ)などがある。

 それが劇団「雲」の舞台で、山崎努の初主演作、共演は岸田今日子、まだ20代の橋爪功。いま思うと大変な方々との共演になるが、なぜかテレビの箱の中ではなく、舞台の板の上だった。これが水谷豊の俳優としての第一歩だが、13歳の水谷少年にしてみれば、あくまで箱の中への前哨戦みたいなもの。

 ついに単独で箱の中に入る夢が実現したのは14歳の時。800人の中から選ばれて「バンパイヤ」という狼男の連続ドラマの主役に抜擢された。が、念願の箱に半年間居続けてみて、俳優という仕事に目覚めたのかと思いきや、「ここは自分のいる世界じゃない」と感じたというのだ。

 「子どもの目から見て、こんな大人になりたくないなあっていう人がけっこういたんですよねえ」

 その後、高校進学でテレビの箱を抜け出た気分になっていた矢先、映画出演の話がもたらされた。映画は初めてだし、ついでに覗いてから終わりにしようと決めて、目指したのはアメリカの大学への進学。が、真剣に準備をしていた時に父親の会社が倒産。アメリカどころの騒ぎではなくなって、日本の大学を受けたらすべった。

 どうやらここが、水谷の運命の分岐点。のんびり浪人している状況でもないので、アルバイトを探していたらテレビのプロデューサーから声がかかった。バイト感覚で引き受けたら、立て続けに出演依頼が舞い込み、その中には、ドラマ「太陽にほえろ!」の、マカロニ刑事が七曲署にデビューした初回での犯人役もあったという。

 「バイトの山がどんどんつながって、自分がいま何浪めだかわからなくなってね。さすがにもういい加減にしないとダメだ、これを最後にしようと改めて決意したのが『傷だらけの天使』でした」

 この時点で水谷の意識は、22歳になっても浪人生で、次々とアルバイトが押し寄せて受験勉強ができない困った状況、ということだったわけだ。いよいよ最後のはずの「傷だらけの天使」で演じたのが、萩原健一演じるアウトローの探偵を兄貴と慕うリーゼントのチンピラ風調査員役。これが大好評で、次の映画「青春の殺人者」を呼び込んでしまった。そして、両親を殺してのた打ち回りながら末路に向かう青年役の好演によって、キネマ旬報の主演男優賞を受賞。この時、24歳。さすがにもう受験は諦めたが、まだ自分には本当に求める世界が別にあると思っていたという。その2年後に、最終回の放送で50パーセント近い視聴率をあげた伝説のドラマ「熱中時代」の北野先生役を演じることになる。

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