パリ最高峰のテーラーで技術を認められ37歳の若さで自らのメゾンを開店。
空気をまとうかのようにフィットし誰もがエレガントに見えるそのスーツは、世界中のファンを魅了してやまない。
東京・銀座の中心に位置する和光 本館4階。8月のある日、パリからやってきた鈴木健次郎による紳士服の受注会が行われていた。鈴木は、世界の王族や政界のトップ、名だたるスポーツ選手など超一流の顧客をもつパリ最高峰の老舗テーラー「フランチェスコ・スマルト」で日本人初のチーフカッターに抜擢され、2011年に独立。13年に、凱旋門やシャンゼリゼ通り、エリゼ宮などのあるセーヌ河北岸のパリ八区に自らの名前を冠したオートクチュール(オーダーメードの高級仕立服)のメゾン(店)を開いている。もちろんこれも日本人で初めて。渡仏して10年目、37歳で達成した快挙だった。そして今や、鈴木の仕立てる服は空気をまとっているような着心地という評判で、世界の富裕層からの注文が年々増えているという。
スーツの着用に及んだのは明治以降からという日本と比べ、西欧諸国は歴史的にも文化的にも圧倒的なスーツ先進国。そのVIPたちをも魅了する鈴木の服を日本で注文できる機会とはいえ、はたしてその値段はいかほどになるのか。採寸から縫製まで、すべての工程を鈴木自身が行う「トップライン」は約82万円から。鈴木が来日しての2回の仮縫いを経て、手元に届くのはほぼ1年後。それでも一度は着てみたいと思わせる鈴木のスーツは、10カ国にものぼるという顧客の心をしっかりとつかんでいるわけだ。
会場には、表地や裏地の生地や、ボタンなど小物のぶ厚い見本帳が十数冊。ジャケットの採寸は24カ所、ズボンは10カ所。完成したスーツに袖を通した人は、今まで自分が着ていたスーツが実は体に合っていなかったと初めて気づく。服の存在を感じさせないフィット感だけでなく、鏡の中の自分の姿が美しく感じられたという感想も多く寄せられている。そんな魔法のような服は、どのようにして生まれるのだろうか。
「体は左右対称ではないので、型紙も左右バラバラに作ります。年配の人だと、長年の癖も体に強く現れています。既製服は一番近いサイズに自分の体の方を合わせて着ることになりますが、オーダーのよさはまず人ありきですから。採寸の時に体を触っていくと、右の肩甲骨がやや歪んでいるとか、左の腰がやや前に傾いているという特徴がわかります。そのデータをカルテに詳細に記して、立体としての体をイメージし、それをベースに型紙を作って、それから採寸した数字を当てはめていきます」
既製服ではできない。コンピューターではできない。それができるのがオーダーの面白さ。体に合わないと、どこかに無理がいく。服の存在が常に頭にあると気持ちが解放されない。左右の体のバランスの歪みをうまく補正できれば、本当の心地よさを体感できるばかりか、どんな人も美しく見えるのだという。
「合わない服を着ているとこんなものだと思ってしまっているけど、どんな体型の人にも美しいものはできます。できないのは、カッターの技術と感性が不足しているからです」