この熱き人々

2015年12月4日

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吉永みち子 (よしながみちこ)

1950年、埼玉県生まれ。85年、『気がつけば騎手の女房』で大宅壮一ノンフィクション大賞を受賞。著書に『母と娘の40年戦争』(集英社文庫)、『怖いもの知らずの女たち』(山と溪谷社)、『試練は女のダイヤモンド』(ウェッジ)などがある。

 鈴木が、テーブルにサンプルのコートを広げた。裏返すときれいな縫い目が現われる。

 「ひと針ずつではなく、5針、10針同じ感覚で譜面を流れる音符のように、美しさをイメージしながらやわらかく縫っていく。その集大成が宝石みたいな美しさになるんです」

 8割ほどを手縫いで仕上げるが、鈴木はミシンのよさも否定しない。ミシンにしか出せない美しさもあるという。だから目に見えるところだけを手縫いにして手縫いを強調するのは無意味だという。

 「見えない芯地などこそ手で縫うことでやわらかさや立体感を表現することができます。伸び止めのテープも、裏地の耳を切って、3日間水につけて自然に縮ませて、ゆとりを入れながら手で縫い付けていく。アイロンで接着すれば数十秒の作業を、手縫いで50分、60分かける。その時間が大事なんです」

 鈴木が受ける注文は、1年に150着がせいいっぱい。「毎日朝から晩までひたすら縫っています」と笑った。ふと、日本のアトリエでスーツを作っている鈴木を想像してみた。

 「日本に帰ってきたら……たぶんうまくいかない。店は潰れると思います。日本に居場所がなくて出て行ったんですから」

 ちょっと寂し気だったが、一生フランスで生きることになるという鈴木の表情は、美しいと思えるものを存分に追求できる喜びがはるかに勝っているように見えた。

(写真:岡本隆史)

*12月4日(金)~7日(月)和光 本館4階にて「KENJIRO SUZUKI sur mesure PARISオーダーメード紳士服承りの会」開催
<問>03(3562)2111(代表)

鈴木健次郎(すずき・けんじろう)
1976年、東京都生まれ。専門学校卒業後、アパレルメーカーに勤務。2003年、フランスに渡り服飾技術の国家資格を取得、パリの老舗テーラー勤務を経て11年に独立。美しさと着心地を両立させたオーダーメードのスーツが評判を呼び、世界中に多くの顧客をもつ。

  
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◆「ひととき」2015年12月号より

 

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