世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2016年2月11日

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移民流入は不可避

 よって、欧州の可能な対応の一つは移民を不可避と受け止め、誠意をもって包み込むことである。欧州経済は若さとダイナミズムの注入を必要としている。移民なくして誰が老人ホームや建設現場が必要とする人手を充たし得るというのか? しかし、移民許容の道理を受け入れる欧州人も移民は「欧州の価値」を受け入れねばならないと説く傾向にある。しかし、これは非現実的である。一つには、これらの価値は比較的新しいものだからである。ここ何十年の間に、欧州ではフェミニズムが進展し、ゲイの権利に対する態度は大きく変わった。しかし、中東やアフリカからの多くの移民は保守的で性差別的であり、公民の授業で変え得るものではない。

 欧州人は極度に困惑している。帝国主義の時代には文明の恩恵を遅れた世界に広めるのだという確信を持って外の土地への植民を正当化していた。ポスト帝国主義、ポスト・ホロコーストの時代にあって、彼等は文明の優越性を主張することに慎重となり、文明化というミッションを普遍的価値、個人の権利、国際条約を強調することに置き換えた。

 大問題は来るべき数十年、普遍的で自由主義的な価値に対する欧州の信頼は大量の移民のインパクトに耐えられるかにある。排外主義者と自由主義者の戦いが政治を形作り始めている。長期的には、排外主義者が敗退すると思う。それはその要求がポピュラーでないということではなく、実行出来ないからである。日本や豪州のような太平洋に囲まれた島国では移民に対する厳格なコントロールを維持することは可能かも知れないが、大陸の一部であり、狭い地中海に隔てられているに過ぎないEUでは不可能である。

出典:Gideon Rachman,‘Mass migration into Europe is unstoppable’(Financial Times, January 11, 2016)
http://www.ft.com/intl/cms/s/0/64d058c4-b84f-11e5-b151-8e15c9a029fb.html#axzz3wxwyaxJP

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帝国主義時代と現代と異なる事情

 この論説の、現在起っていることは帝国主義時代の植民の流れの逆転現象だという歴史的視点から見た観察はそれなりに面白いものがあります。シリアの戦争が終わっても、この流れは止まらないというのは、その通りでしょう。移民の流入は長く続いています。欧州全体の人口に占めるイスラム人口の割合は、1990年には4%、2010年には6%でしたが、2030年には8%に達するという予測があります。

 移民の流入は止められず、欧州経済が必要とする若さとダイナミズムの観点に立ってこれを受け入れて然るべしという筆者の議論は正論だと思います。しかし、開拓者が無限の可能性と空間が広がった新天地を目指したことと、移民が何もかも詰まって殆ど余分の空間がない欧州を目指すこととは基本的に異質で、その誘因も異質のことではないでしょうか。老人ホームと建設現場の人手不足くらいがその空いた空間ということでしょう。筆者は移民が「欧州の価値」を受け入れると期待することは非現実的であるといいます。自由主義者とてそれで可というわけではないでしょう。社会の安定のためには、移民には社会と調和した生き様が求められると思います。

 趨勢は筆者の言う通りだとしても、欧州にとっての問題は、昨年流入した100万以上、今年予想される300万という、急激かつ大規模な難民の流入です。これは政治的には耐えられません。長期的には敗退すると筆者は言いますが、その間、排外主義者の脅威は高まります。トルコが国境管理を厳格にすることとの引き換えに30億ユーロの支援をするというEUの取引きに対して、非良心的との批判がありますが、それは政治的要請の産物です。

  
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